2009年12月13日日曜日

降誕前第2主日・待降節第3主日

イザヤ書40:1〜11

バビロニア捕囚からの解放を目前にして、バビロンで活動したと思われる無名の預言者(「第2イザヤ」と便宜上呼ばれる)の「召命」の記事。「裁き」を語るよう命じられている他の預言者(例:エレミヤ、1:10) とは異なり、「慰め」を語るよう命じられている。その言葉は、故国への帰還、ことにエルサレム復興の希望を主題としており、確かに、「慰め」を語っている。

預言者は、繰り返して、語るように命じられる(6、9節)。「神の言葉はとこしえに立つ」(8節)というのは、預言者の語る内容が、たとえ一見したところでは荒唐無稽に聞こえようと、必ず実現するということの主張であろう。ということは、捕囚にあった人々には帰還の希望はもはやなかったということだろうか。

帰還そのものは荒唐無稽ではないにしても、帰還を実現するために世界の様相まで変えられる(3〜4節)というのは、現代の読者には、奇想天外に聞こえる。第2イザヤの言葉には、このような表現が満ちている。「奇跡」としての解放・帰還を強調するために、世界の変革という奇跡も併せて語られているように思える。

「救い」の実現のためには世界・宇宙の有り様までも変えられるという考えは、この後、ダニエル書や新約書に受け継がれていく。しかし、これは、世界・宇宙を、自らにとって都合の良いもの、都合によって変更してもよいものと考える心的態度と一体だと言える。自尊感情から出発したものだろうが、劣等感の裏返しであることも否定できない。(降誕前第4主日の日課解説も参照

2009年12月5日土曜日

降誕前第3主日・待降節第2主日

エレミヤ書36:1〜10

エレミヤの言葉がどのようにして書き留められるに至ったか。エレミヤは公の場所で預言することを禁じられていた(5節)。そこで、書記バルクを呼び出して、口述筆記し(4節)、神殿で書き留めた言葉を読ませた(8節)。

日課として上げられているのはここまでであるが、この朗読を聞いた1人が「役人たち」にもこの言葉を聞かせるべきだと判断し、バルクに朗読を依頼する(15節)。彼らは、この言葉を王にも伝えるべきだと判断する(20節)一方、エレミヤとバルクに身を隠すよう勧める(19節)。
王はこの巻物を朗読させるが、読み進むにつれて、巻物を切り裂き、火にくべてしまう(23節)。その後、エレミヤは、さらに巻物を作成した(32節)。

その巻物に書かれていた言葉は、29節に要約されている。「バビロンの王が必ず来て、この国を滅ぼし、人も獣も絶滅させる。」
滅亡の預言は決して新しいものではない。しかし、その滅亡の危機が目前に迫り、現実味を帯びているとき、王がその言葉に聞き従うとは考えられない。ましてやエレミヤは、すでに公に語ることを禁じられている。エレミヤは「危険思想」の持ち主として、「公共の敵」に認定されていたのだ。
聞かれないことが予想されていたからこそ、「書き残す」という作業が行われた。今は聞き入れられなくても、後になって、エレミヤの語っていたことが真実であった、従って、エレミヤは真の預言者であったことが明らかになると信じたからこそ、その言葉が書き残されることになったのだ(申命記18:22)。

書き記されたが、反故にされた「預言書」はどれほど存在したことだろう。それと同時に、埋もれていたが、「再発見」された書物はどれほど存在することだろう。この事実が表すのは、預言者に代表される、政治的宗教的「意見」に対する姿勢は、一定不変のものではなく、時代が変われば、より正確には、時代の要請が変われば、容易に変わるものなのだということである。
聖書に書かれている言葉をどう取り扱うかということは、焦眉の課題である。読み方によっては、敵意と反目を煽ることもできれば、排除と疎外を正当化することもできる。どのような読み方も、「要請」があって行われる、もっと身も蓋もない表現を使えば、「目的」のために行われるのだ。聖書の読みに接するとき、常に、その読みを生み出したもの、あるいは、その読みが導き行こうとする方向に敏感でありたい。

2009年11月10日火曜日

降誕前第4主日・待降節第1主日

イザヤ書51:4〜11

「第2イザヤ」と呼ばれる、紀元前6世紀、捕囚の地バビロンで活躍した預言者の言葉。
この語り手は、バビロニアの天地創造神話(9節)、出エジプトの物語(10節)を下敷きにしながら、捕囚からの帰還を語る(11節)。その際、天地は新しい様相になり(6節。40:3〜4参照)、世界の人々はヤハウェを「待ち望む」ようになるという(5節)。イスラエルという特定の民の運命と宇宙や世界の姿とを結びつける、壮大な語りを持っている。これは、黙示文学に受け継がれ、新約の思想へと結びついていく(福音書、使徒書日課参照)。

しかし、この結びつきが表している自己理解は、かなりインフレを起こしてはいないだろうか。自分たちが全世界の命運を握るほどの存在であり、自分たちのためにはヤハウェ(捕囚を経て、「唯一神」であると認識されるようになった)が宇宙のありさまを変えるほどの存在であるというのは、誇大妄想的である。
しかもその認識は、自分たちが実は弱小であるという現実(申命記7:7参照)の認識の裏返しとして生まれてきたと思われる。ヘブライ語聖書の多くの部分が、バビロニアでの捕囚体験を元に、それに対する何らかの説明として書かれたことは、覚えられてしかるべきであろう。

一方、神の差配が選ばれた民(ないしは個人)と深く関係しているというのは、「信仰」と呼ばれる認識において、極めて重要な要素である。このような認識は、例えば、"Jesus Loves Me"(『讃美歌21』484)という賛美歌に見ることができる。これなしには、「信仰」は、信じるものを活かす原理、その根拠を与えるものとはなり得ない。問題は、この認識がどれほど「自己目的的」であるかという点であろう。
この認識(「選民思想」と呼んでいいかもしれない)で、キリスト教はかなり大きな過ちを犯してきたし、今も、その危うさはなくなっていない。むしろ、「信仰」の本質に関わる部分であるだけに、この問題から逃れることはできないと言えるだろう。自らの「信仰」にこのような問題が横たわっていることを認識すること、それが求められているように思われる。

2009年11月4日水曜日

降誕前第5主日

サムエル記上16:1〜3

3つあるダビデの登場エピソードの1つめ(2つ目は「竪琴弾き」として登場し、3つ目は有名な「ゴリアトを倒す」エピソード)。

前々週から3週連続で、「召命」ないし「選び」の物語。選ばれるのは、アブラハム—モーセ—ダビデと続く、ヘブライ語聖書の「英雄」たちだ。しかも、どの人物も、複数の「召命」あるいは「選び」の物語をもっている。そのうちの1つが日課として選ばれている。もちろん、複数年にわたってこれらの人物を取り上げるのだから、このような事態になるのだけれど、それにしても、この3週は主題的にも連続しているし、ヘブライ語聖書を取り上げて説教する絶好のチャンスである(降誕前節に入ってからだと5週ということになる)。

ヤハウェに対するというより、サムエルに対する反抗のゆえに、サウルは王位に留まるものの、サムエル(と、彼が代理人を務めるヤハウェ)からは「王」として認められないことになってしまう(15章)。その事態をサムエルは「嘆いていた」らしい(1節)。ヤハウェは、サウルに替わるべき王を見つけたと言う。そして、ユダのベツレヘムに住むエッサイの末息子ダビデが、王(正しくはその「候補者」)として選ばれ、油を注がれる(12〜13節)。

それにしても、「王となるべき者を見いだした」と言う割に、誰がその人物なのかを提示する語り手のやり方は、まどろっこしい。7人もの若者を拒絶して、その場にいない者を呼んでこさせる。最初から名指しをすれば簡単であったし、「神意」らしく響いたろうに、ここではそのような手段に訴えない。むしろ、物語として緊張感を高める手法の方が選択されている。しかし、その結果、このエピソードには決定的な矛盾が含まれることになる。
サムエルはエリアブを見たときに、「彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った」(6節)。古代において、王の外見は、統治能力と並んで、重要な要件であった。サウルも、美しさや身長の高さが特記されている(9:2)。従って、エリアブも、その条件に合っていたのだろう。
ところがヤハウェは、「外見ではない」と言う。むしろ、「心によって見る」と、別の判断基準を示す(7節)。王となるべき条件としての外見に対する批判を述べているようである。「背の高さ」がわざわざ言われているところを見ると、サウルを選んだことへの反省も込められているのかもしれない。ところが、呼ばれてきたダビデは、「血色が良く(ヘブライ語「赤く」)、目は美しく、姿も立派であった」と言われる。そのダビデを見て、ヤハウェは「これがその人だ」と言う(12節)。やはり、王となるには「容姿やせの高さ」が重要なのではないか。ヤハウェは、自分で新しい判断基準を示しながら、結局は、旧来の自分の考えを変えられなかったのだろうか。
さらに、疑念を抱かせる記述がある。「油注がれて」「ヤハウェの霊が激しく降る」ようになった(13節)のなら、それはサウルと同じである(10:10)。容姿の形容もサウルの場合と似ている。サウルとダビデの違いは何か。既に実力を蓄え、王としての実績を上げているサウルを王位から退け、その後釜に、サウルとよく似たダビデを据えなければならない理由は何か。読者は、このエピソード以降、ダビデとサウルを比較するよう、物語に促される。

降誕前第6主日

出エジプト記6:2〜13

モーセ「召命」の記事は、2つある(もう1箇所は、3:1〜17)。ヘブライ語聖書学では、いつもどおり(!)、資料に分けて説明している。しかし、物語という観点で読み直すと、必ずしも分割が必要なようには感じられない。
1回目の「召命」の後、すぐにファラオと交渉したが、かえって、ファラオの態度を硬化させ、イスラエルの人々に対する待遇を悪化させただけだった(5章)。その後、改めてヤハウェがモーセに語りかけたと読むことができる。イスラエルの人々が「重労働のため、意欲を失っていた(直訳「息が短くなっていた」)」(9節)というのも、物語の流れから見ると、理解できる。

モーセは、最初から、この使命が自分には荷が重すぎると言っていた(3:11)。今日の日課の終わりでも、重ねて同じことを言う(12節)。モーセの「謙遜」を表しているようにも読めるが、モーセはかつて、自らイスラエルの救済に立ち上がろうとしたことがあった(2:11以下)。それは挫折し、モーセは逃亡を余儀なくされた。その逃亡先で、モーセは、自分が失敗した事業への再挑戦を促されたのだった。モーセに躊躇いがあったとしても、それは当然のことだろう。
しかもヤハウェは、この事業が一筋縄ではいかないことを、あらかじめ予告している。その原因はファラオ自身にあるというより、ヤハウェが「ファラオの心をかたくなにする」からであると言われている(7:3)。わざわざそうするのは、「エジプトに手を下し、大いなる審判」を行うためであると言われる(7:4)。つまり、ヤハウェの力を示すために(7:5)、事業を困難にした上で実行させるというのである。
こんな計画を告げられて、どうして、簡単に「Yes」と言えるだろうか。しかも、ヤハウェの示威行為のために自分が利用されるというのに。

結局、モーセは、出エジプトという出来事の指導者となるが、ヤハウェの予告通り、この事業は困難を極めるものとなった。ファラオはますますかたくなにされ、イスラエルの人々は言うことを聞かず、身内のミリアムとアロンさえ反抗する。ヤハウェも、決して、「あたたかい援助者」ではない。この仕事をやり遂げたおかげで、モーセの名は不朽のものとなったのだが、どうも、割が合わないように思える。

こうして読むと、ヘブライ人への手紙(使徒書日課)が「信仰によって」と言うのは、物語を単純化しすぎているように思われる。また、「目に見えない方を見ているようにして」と言うが(27節)、ヘブライ語聖書は、ヤハウェが「顔と顔を合わせて」モーセと語ったと記している(出エジプト記33:11)。キャラクターを「理想化」(あるいは「神学化」)することで、物語の他の部分を見逃すことになっているように思える。

2009年11月3日火曜日

降誕前第7主日

創世記15:1〜18a

アブラハム物語のターニングポイントの1つ。

資料仮説では、E(より正確には、JE)の始まりとされる。資料仮説によれば、アブラハムの「召命」の記事はそれぞれの資料に1つしかなく(Jは12:1〜9、Eは15章、Pは17章)、3度ヤハウェが語りかける現在の物語は資料合体の結果であるとされる。
しかし、「3度」というのは、物語において普遍的なくりかえしの回数であり、資料への分割は、物語という観点からはあまり説得力がない。そして、15章の「語りかけ」は2度目であるため、読者は、それが(3度目でないために)決定的なものでないという予測をもって読むことになる。

アブラムは、ヤハウェにくってかかる(2〜3節)。ヤハウェは、子孫についての約束(あるいは自己弁護)を余儀なくされる(7節)。それでも納得しないアブラム(8節)に対して、ヤハウェは「深い眠り」をもたらし、「啓示」を与える(13節以下)。「深い眠り」は創世記2:21にも用いられているが、ヘブライ語聖書では、通常の眠りとは異なるものとして理解されている。そこで神の語りかけを聞いたり、お告げの夢を見たりする(ヨブ33:15)。あるいは、サウルのように、前後不覚になる(サム上26:12)。
ここで、「深い眠り」に陥ったことで、アブラムはヤハウェに問いかけや反論ができなくされた。ヤハウェの言葉は、他の土地での寄留(13節)などより具体的なことを語っているように見せながら、その本質においては先の約束と変わらない(「この土地を与える」18節。13節参照)。アブラムの反応を封じ込めた上で、同じことを繰り返しているのだ(「あなたから生まれる者が後を継ぐ」という言葉(4節)を、アブラムはサライに語ったのか。16章の読みに影響を与えるが、今回は深入りしない)。

ヤコブの手紙は、「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認めた」(6節)という言葉を、パウロとは異なり(ガラテヤ3:5〜6)、「人は行いによって義とされるのであって、信仰だけによるのでは」ないことの根拠として用いる(24節)。パウロもヤコブの手紙の著者も、「義と認めた」の主語を「神」としているが、むしろ、「アブラムがヤハウェの(約束)を義と認めた」とする方が、このエピソードの文脈にあっていると思われる(詳しくは、水野隆一『アブラハム物語を読む』127〜130ページ参照)。

2009年10月25日日曜日

降誕前第8主日

創世記4:1〜10

エデンの園での物語は、その「東」でのカインとアベルの物語へと続く。

おそらく双子の兄弟がいて、それぞれに違う働きを生業とする。そして、それぞれが自分の「労働の実り」を「贈り物」として神のところに持って来たところから、物語が動き出す。神は、一方の「献げ物に目を留めた」が、もう一方の「献げ物には目を留めなかった」(4〜5節)。

古来、この「差」の理由が論じられてきた。農耕と牧畜という2つの文化の違いが背景にあるという説明は、ヘブライ語聖書学では、ある種「定説」のように扱われている。農耕を背景とするカナン文化に対する「否」の表明で、イスラエルの元来のアイデンティティとして遊牧民であることを強調するという物語だというものだ。
ところが、ヘブライ語聖書を通して読んでみると、「遊牧民」として描かれているのは族長たちだけで、その後は、定着し、農耕する。そもそもこの2つを対立項として考えることについては、70年代にメンデンホールとゴットワルドが疑問を呈している。従って、2つの文化の対立という読みは、あまり妥当ではないように思われる。

新約では、カインが本来的に「悪く」、従って、行いも悪かったからだと、概ね論じられている(使徒書日課、ヨハネの手紙一3:12)。「悪」は「悪人」から出るという論理である(福音書日課参照)。
この見方には疑問がある。人間は、その行動に対する評価によって「悪人」と判断される」、というのが、現実ではないか。そして、何が「悪」であるかという判断は、文化的、政治的、宗教的に縛られている。「カインは悪」とする読みも、彼が最終的に罰せられたところから発しているのではなかろうか。

カインの「怒り」に対してヤハウェが発した言葉(6〜7節)が、カインをアベル殺害へと向かわせたとは考えられないだろうか。ヤハウェが勝手な「差」をつけたためにカインは怒っているのに、そのヤハウェが、「正しいことをしたのなら、(顔を)上げられる」と言うのは、一方的に過ぎるよう思われる。説明があって、説得があって、はじめて、カインの「怒り」は収まったことだろう。

降誕前第9主日

創世記2:4b〜9、15〜25

日本キリスト教団の「4年サイクル聖書日課」は、この日から、B年に入る。「4年サイクル聖書日課」は毎年、最初の日曜日に、「創造」に関する箇所をヘブライ語聖書から選んでいる。

「エデンの園」物語(創世記2〜4章)の冒頭部分。1章とは全く異なる関心で、最初の出来事を記す。
物語は、「土を耕す人」としてのアダムが土から造られるところから始まる(7節)。「アダム」と「アダマ(土)」の語呂合わせで両者の近さを印象付けた後、人は土に「仕え(通常「耕す」と訳される)、耕す」(15節)ために、エデンの園に置かれると物語は記す。その労働の実りである「園の木」の実を報酬として受け取る権利付きで(16節)。
この文脈で続きを読むと、「助ける者を造ろう」(18節)というのは、労働の仲間を造ることを目的としていたように思える。そうすると、創造された動物たちが「助ける者」とはなり得なかったということは納得できる。
ところが、「女」の登場によって、この「助ける者」の概念が変えられてしまう。24節は、男と女が「一体となる」と、これまで述べられてきた、労働のための仲間という目的が一変したことを告げる。2人は、「セックスパートナー」として認定されることになったのだ。この変化は、この前の箇所に対する注解者たちの解釈にも影響を与えているし、創世記2章全体の解釈の歴史にも影響を与えてきた。

欽定訳(1611年)はこの箇所の「概略」として、"Marriage instituted"と記した。つまり、中世以降のキリスト教が主張し、社会の枠組として課してきた「教会の祝福する結婚」の典拠とされたのだ。この箇所をマルコ10:2〜12(「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」)と結びつける「4年サイクル聖書日課」も、「結婚の制定」という解釈の路線を継承している。

しかし、この箇所が、元来は結婚という制度や性交渉に関心を向けていなかったことは、この後の3章のエピソードがそれらを語っていないことから、言えるのではないか。女が「命」と名付けられて、「母」と認定されるのはずっと後のことで(3:20)、むしろ、「神(々)のように善悪を知る」ことの方が、大きな関心となっている(3:4)。なぜ、神は人間が「善悪の知識の木」の実を食べて、「知識」を持つことを求めなかったのか。労働者が雇用している者と同じような「知識」を得ることは、その上下関係を危うくしてしまう恐れがあったからとは読めないか(マルクス主義批評的に読めば)。
そう考えると、やはり、関心の焦点は「労働」にあると言えるだろう。「結婚」「性」「家庭」に関心を向けることで、ひょっとすると、その点がぼやかされてしまうかもしれない。

2009年9月19日土曜日

聖霊降臨節第18主日

出エジプト記20:1〜17

言わずと知れた「十戒」である。「主の祈り」「使徒信条」と並んで、キリスト教の「3要文」と呼ばれ、「教理(信仰)問答」で解説を施される。キリスト教徒にとって、「倫理」の根幹となっている。

しかし、もうひとつの版が申命記5章に記されていることはあまり知られていない(知っている人も、あまり言及しない)。2つの版には微妙な違いがあり(ことに安息日の規定に関する部分)、言葉遣いから見て、申命記のものの方がオリジナルに近いと考えられている。

「『十戒』はあらゆる法律の基本である」として、その彫刻を裁判所玄関ホールに設置した判事がアラバマ州にいた。そんな昔のことではない。2003年のことである。当然、諤々の議論を呼び起こした。連邦裁判所は撤去を命令したが、宗教右派は(教派を超えて)反対し、撤去作業の日には座り込みの抗議行動までした。
撤去に反対した人たちは、この彫刻を設置した判事と価値観を共有している。「『十戒』こそ、神から与えられた法であり、すべての法の基礎となっているものである」と、彼らは考えている。
確かに、「殺してはならない」に始まる後半は、一般的な道徳観とさして変わらないことを言っている。それが、彼らの主張の根本にあるのだろう。
しかし、それは、この「十戒」が置かれている物語の文脈を無視し、結局のところ、「十戒」の独自性を(彼らの主張に反して)否定していることになるのではないかと思う。

出エジプト記の「十戒」は、エジプト脱出の後、シナイ山にたどり着いて与えられたと書かれている。「十戒」自体もそのことを強く意識していて、「わたしは……あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と言う(2節)。つまり、この「命令」は、「エジプトを脱出した人々」に向けて語られており、その人々が守るべきものとして示されているのだ。
申命記の「十戒」も、約束の地への侵入を目前にして、戒めが再提示され、勧告が語られる。エジプト脱出後生まれた「第2世代」に向かって、最初の命令の有効性を確認していると言える。
そうすると、「隣人」という言葉にも、キリスト教が後になって付加した「すべての人」という意味はなく、同じ共同体に属する人だけが考えられていることになるのではないか。「殺してはならない」のも、同じ共同体のメンバーだけに限られる。「博愛(友愛)」を命じる普遍的な「倫理的戒め」ではないのだ。

イエスは、「十戒」を守ることの意義を、極限まで徹底化していると言えるだろう。「隣人の家を欲してはならない」(17節)という戒めは徹底すれば、「持ち物を売り払い、貧しい人々に施」す(マタイ19:21)ことになるからだ。それは、イエスも認めるように「人間にできることではない」(26節)。
「何もかも捨てて(イエスに)従って」来たというペトロだが(27節)、それは、イエスの「十戒」解釈を矮小化する発言のように思える(イエスの言葉として、その報酬の豊かさ(28〜29節)を語らせたマタイも)。そして、このペトロの発言に即して、キリスト教会は「十戒」を個人化し、救済のために守るべき箇条としてきた。アラバマの判事も、宗教右派もその路線に従っている。

2009年9月8日火曜日

聖霊降臨節第17主日

創世記45:1〜15

ヨセフ物語(創37〜50章)の中、それまでは正体を隠し、エジプトの大臣として振る舞っていたヨセフが、その正体を兄弟たちに明かす場面。

父のことを慮るユダの言葉(44:18〜34)を聞いて感極まったヨセフは、「泣いて」身を明かす(2節)。この箇所の終わりでも、ベニヤミンをはじめ、兄弟たちを抱いて「泣い」ている(14〜15節)。ところが不思議なことに、兄弟たちは、ベニヤミンさえも、「泣いた」とは記されていない。書いていないだけで、彼らもヨセフと共に涙したと読むことは可能である。一方、書かれていないことに読者の注目が集まることも当然である。

ヨセフは、穀物を買いに来た兄弟たちを見た瞬間、彼らに気づいている(42:7)。それなのに、自分の身は隠した上で兄弟たちを尋問し、シメオンを人質に取る(24節)。再び穀物を買いに来た兄弟たちが約束通りベニヤミンを同行しているのを確認して(43:16)、彼らを自宅に招き、食事を振る舞う(16節)。しかし、銀の杯をベニヤミンの袋に戻し(44:2)、ベニヤミンを手許に置こうとする(17節)。
このようなヨセフの行動に接してきた兄弟たち(ベニヤミンを含めて)は、「驚いた」(3節)だろうし、神が計画していると言われても(5、8節)、簡単には信じることはできなかっただろう。しかもヨセフは、兄弟たちが自分を「売った」ことを、忘れずに付け加えている(4節)。ヨセフのように、「泣いて」抱き合うことができなかったとしても、不思議はない。

ヨセフは一連の行為を通して、兄弟たちを自分にひれ伏させ(37:7、9;42:6)、自分の意のままにしようとしていると読めないだろうか。父に当てた伝言に自分が「全エジプトの主」となっていることを含めているが、当然、それは、兄弟たちにも向けられた言葉であろう。家族を上げてエジプトに移住してきた際には、誰が「主」となるのかを、この伝言を通してはっきり予告しているのだ。ヨセフは、一連の行為によって、兄弟たちとの関係を決定的なものとして決着させようとしている。

福音書に語られている「赦し」と関連させて読めば、ヨセフの心の中に「赦し」があったとしても、それを利用して兄弟たちを支配しようとしたと読めるだろう。「赦し」は、赦す側の者を絶対的な優位に置くことができるのだから。

聖霊降臨節第16主日

エゼキエル書37:15〜28

エゼキエル書後半には、捕囚となっている人々に向けて語られた、回復の希望が記されている。36章はその序章となっており、罪は「清められ」(25節)、捕囚の民は故国に帰還し(24節)、そこでの繁栄が約束される(33〜34節)。しかし、それはあくまでも、ヤハウェの名誉回復が目的であり、イスラエルの復興が目的なのではない(32節)。ただ、そのことを通して、異邦人にも、ヤハウェが神とあがめられるようになる(23節)。
この序章は、続く各章を読み解くための鍵を提供している。

有名な「枯れた骨の復活」の預言(37:1〜14)に続いて語られるこの箇所では、南ユダと北イスラエルの「再統合」が告げられ、その国が「一人の王」によって統治されると語られる(22節)。
来るべき「再統合」されたイスラエルの王は、「ダビデ」と明示されている(24節)。その王の統治によって、ヤハウェの「掟を守り行う」ことが可能となるが(24節)、とりわけ、他の神を崇拝することがなくなると言われる(23節)。その結果、「約束の地」に定住し続けることができるとされる(25節)。
これらの言葉は、申命記の表現を彷彿とさせる(申11章参照)。そうすると、民の「真ん中」にあるヤハウェの「聖所」は、エルサレムということになるだろう。エゼキエルはこの後、文字通り国の「真ん中」に「聖所」がある復興されたイスラエルを思い描くことになる(45章以下)。

それにしても、「ダビデ」には言及するのに、ヘブライ語聖書ではそれと対になって登場する「エルサレム」は明言しないのはなぜだろう。エゼキエル書が申命記の語る選民思想と結びついているとすれば、他の「聖所」はあり得ない。事実、キュロスによって帰還を許可された人々は、エルサレム神殿の再建を行うし、エズラ記では、それこそが帰還の「目的」であるかのように語られている(3:10)。
「エルサレム」が言及されないのには、帰還が実現していないという事情も反映しているのだろう。あるいは、実際は前7世紀に書かれたにもかかわらず、カナン侵入前を装って記されている申命記が「(ヤハウェの)名を置くところ」(12:5)を明示しないのに倣ったのかもしれない。あるいは、明言しないことで、違う場所、例えば、捕囚の地での、共同体形成という可能性を担保したかったのかもしれない。

序章である36章によれば、ヤハウェは、自分の名誉回復を主たる目的としてイスラエルを復興する。「ダビデ」との関係は、申命記的歴史において、ヤハウェの名誉に関わるものとして描かれている。ヤハウェが「共にいた」おかげで、ダビデは、あらゆることに成功することができたのだった。
これに対し、エルサレムは、特別な地位を与えられた聖所であったにもかかわらず、時の為政者によって他の神のための祭壇が築かれたり(王上11:7、下21:4)、陥落の際には神殿の祭具が略奪されたりした(王下25:13以下)。ヤハウェの名誉が本当に回復するまで、「エルサレム」という場所の汚名は雪がれないと考えられたのだろうか。

エゼキエルの描く未来には、「民」の姿が見えてこない。部族名は記されるが(48章)、それは人間のつながりというよりは、歴史に書かれている往古の名前であるような印象を持つ。その点に関しては、37章で語られるイスラエルの「再統合」では、実際の人々が念頭にあるようにも思える。それでも、その回復を通してヤハウェが他の民にも認知されることが目的であることは、変わらない(28節)。

2009年8月16日日曜日

聖霊降臨節第15主日

列王記上3:4〜15

ソロモンの「知恵」の起源を語るエピソード。この後、「ソロモンの裁き」(「大岡裁き」の元ネタ)(3:16〜28)、ソロモンの統治(4:1〜5:8。「正しく裁く」9節)、「知恵」についてのまとめ(5:9〜14)と、ここでの神の約束が実現したことが語られている。神殿の建設もその「知恵」によるものだとすれば9章までの記述が、さらには、シェバの女王がソロモンに「難問をもって彼を試そう」としたこともその「知恵」の実証だとすればその部分も(10:1〜13)、そして、交易による繁栄が「知恵」の結果であるとすれば(「富」13節)10章の終わりまで、つまり、ソロモンの記事のほとんどが、その「知恵」に関するものだということができる。

しかし、神は条件を付けていた。「わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう」(14節)。11:11において、この条件が守られなかったことが、ヤハウェによって認定される。その結果、次々とソロモンに対する反対者が起きてきたと、物語は語る(エドム人ハダド、11:14〜22;エルヤダの子レゾン、11:23〜25;ネバトの子ヤロブアム、11:26〜40)。
こうなると、その晩年に次々と反乱の起きたダビデの治世を思い起こさざるを得ないが、ダビデには特別の「背信」もなく、語り手もそのように認定している(11:6)。では、どうなるのか。ダビデもソロモンも、その晩年には反乱が相次いだが、一方には「背信」という原因があり、他方にはないという、少なくとも、申命記的歴史家の記述方針からは不思議な物語になる。単純に、統治力の低下によるもので、信仰とは関係ないという疑いを持たせる。
しかも、ソロモンの治世は「四十年」と記されていて(11:42)、ダビデと同じ年数であり(2:44)、これは、士師の活躍の後訪れた「平和」の年数と一致している(士師記3:11、5:31、8:28)。これは、実際の年数というより、理想化された数字であろう。とすれば、ソロモンの生涯と治世は、一方で、高く評価されているということになる。
この矛盾するような記述を調停させるために、語り手は、「父ダビデのゆえに」という言葉を語る(11:12)。同様の方法は、ヨシヤの治世についてのまとめをする際にも用いられている(列王記下23:26)。言い換えれば、それほどに、ソロモンの統治に関する評価はアンビヴァレントだということだ。読者は、このアンビヴァレンスに対するそれぞれの解釈を見いだすよう、求められている。

2009年8月15日土曜日

聖霊降臨節第14主日

ハバクク書3:17〜19

ハバクク書は、滅多に読まれることのない預言書だが、その構成は、他の預言書に比べて特殊なものである。
表題(1:1)の後、

預言者の嘆きとヤハウェの答え(1)(1:2〜4;1:5〜11)
預言者の嘆きとヤハウェの答え(2)(1:12〜17;2:1〜30)
賛美の歌(3章)

という構成になっている。

3章は、新共同訳では「賛美の歌」と小見出しが付けられているし、戦勝の歌(古典的な詩編の分類によれば、「共同体の感謝の詩」)と読むのが妥当なようにも思えるが(例えば、7節、13〜15節)、読みようによっては、ヤハウェの戦いが始まることへの期待と願望を歌ったものとも読める(例えば、2節後半、17節)。ヤハウェの「完全勝利」、つまり、政治的にせよ、宗教的にせよ、ヤハウェの民が独立し、他の諸国に対して特別な地位を占めるということは、実現したことなどないのだから、勝利を歌っていたとしてもそれは一時的なものに過ぎず、必ず、期待や願望とセットになっているのは当然だといえば、当然だろう。

17節の厳しい状況は、16節で言われていた「我々に攻めかかる民に」「望む」「苦しみの日」の具体的な内容である。農耕・牧畜の両方における「不作」は食糧危機を招き、国家の存続を危うくする。その原因としては、もちろん、天候の不順も考えられるが、ヘブライ語聖書では、「剣」、つまり、戦争との関連が常に念頭に置かれている。この箇所でも、ヤハウェが戦争に「出ていく」(13節)ことが言われているので、敵国の土地が蹂躙され、その結果、農業に壊滅的な打撃を与えることが考えられているのだろう。そして、預言者は、それを「静かに待つ」のである(16節)。続けて預言者は、敵の農業が、従って、人々の生活が、壊滅的な打撃を受けたことを見て(期待して)、「わたしは主によって喜び/わが救いの神のゆえに踊る」と歌う(18節)。
「敵の敗北は、自分たちの解放=救い」という単純な図式がヘブライ語聖書全体に浸透しているとしても、これほど露骨な箇所は、そう見あたらない。自分たちが敵の侵略を受け、その結果、農業と生活に壊滅的な打撃を受けたことがその下敷きにあると考えるなら、その通りのことが敵にも起こるようにと願うのは、心情的に理解できないことはない。それにしても、これほどあからさまだと、同情の余地もなくなる。

では、現代人の私たちがこのような「報復の原理」から自由かというと、決してそのようなことはない。個人としても、社会としても、また、国家としても、ハバククの時代と何も変わっていないのではないかと、嘆かわしく感じてしまう。それだからこそ、ヘブライ語聖書が人間の現実を映し出す「鏡」、古典としての地位を保っていられるのであるが、そのことを認めたからといって、嘆かわしい状況は好転するわけではない。読者は、このテクストから自らの「行動規範」をつくり出すよう、促されているのだ。

2009年7月30日木曜日

聖霊降臨節第13主日

創世記24:62〜67

アブラハムがイサクのために、ハランから妻を迎える長い物語を締めくくる部分。この物語を長くしているのは、繰り返し(=「僕」による、そこまでの物語の要約。34〜48節)が含まれていることによるのだが、興味深いことに、66節は、「自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した」と、ここまでの物語の繰り返しを拒否する。こちらの方が、ヘブライ語聖書では一般的な物語の進め方である。

イサクは、母サラに「代わる慰め」として、リベカを妻としたように、新共同訳の訳では読める(67節)。原文ではもう少し微妙なニュアンスで、「母サラのための喪を明けた」とも読める。こう読むと、リベカとの結婚が新しい世代の始まりを告げるものであると解釈できるし、このエピソードの直後、25章に入ってアブラハムが死ぬことも納得できる(研究者の中には、24章のエピソードにおいて、元来は、「代替わり」は起こっていたはずだとする者もある)。

この日曜日の「家族」というテーマに関連させるなら、小さいが、興味深い記述がある。それは、イサクが「ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった」というものである(62節)。ベエル・ラハイ・ロイは、創世記の物語においては、ハガルにヤハウェの使いが現れた場所であり(16:14)、従って、ハガル—イシュマエルとの結びつきが深い。イサクがベエル・ラハイ・ロイに行っていたということは、イシュマエルに、あるいは、ハガルに、あるいはその両者に会っていたということである。
2組の母—子の間には強烈な葛藤があったが、それは、母同士のもの、あるいは、一方的にサラからハガル—イシュマエルに対する嫌悪であったかもしれない。イサクは、母の世代の衝突からは自由で、兄イシュマエルとは良好な関係を持っていたのかもしれない。そして、母親の死(23:1)をきっかけに、彼らとの行き来を、気兼ねなくできるようになっていたのかもしれない。
もちろん、物語はそのことについて何も語らない。なぜなら、物語(語り手)にとっては、「イサク独子体制」を作り上げることが最重要課題であり、イサクと他の息子たちの分離こそが、イサクの独占相続を保証するものだったからである(25:5〜6)。

アブラハム物語においてはフラットな役割しか与えられず、続くヤコブ物語においても臨終の「祝福」(相続権の確認)のためにだけ存在するようなイサクであるが、物語の細かな記述から、他の「ラウンド」で主要な登場人物たちの陰にあってにせよ、キャラクターを再構成することは可能なのではないか。

この日の福音書では、イエスに従う者たちが、イエスの「母、兄弟、姉妹」と呼ばれている(マタイによる福音書12:50。「父」がないことに注目!)。本当の「家族」とは必ずしも「血縁」ではないのだという、ラディカルな発言である。この発言は、「アブラハム家」のあり方に対する批判としても読むことができる。
そして、家族「政治」の中で、相続人であるにもかかわらず受け身の被害者であるという逆説的な存在であるイサクであるが、実母や妻、そして、腹違いの兄やその母とのつながりを感じさせる記述がわずかながらでも存在しているということで、アブラハム—イサクの排他的「祝福の相続」を主張したい物語を解体する鍵を提示している。イサクこそ、本当の「家族」になれなかった「血縁」において人間的なつながりを表す(唯一の)メンバーなのだから。

2009年7月28日火曜日

聖霊降臨節第12主日

エレミヤ書20:7〜13

いわゆるエレミヤの「告白」の1つ。どの箇所にどれだけ「告白」があるのかは、研究者の間に議論がある。新共同訳は、ここにだけ「告白」という見出しを付けている。
第8主日の解説でも書いたが、エレミヤは、極めて原理主義的な立場にありながら、自らの預言者としての「召命」を問い、そのことを通して、メッセージに普遍性を付加している。その装置が「告白」なのである。

「告白」といわれる部分は、全体として見るなら、「個人の嘆きの詩」に分類される詩であり、一般的な嘆きを述べている。例えば、「わたしの味方だった者も皆/わたしがつまずくのを待ち構えている」(10節)という表現に類するものは、詩編の中に見いだすことができる(例えば、41:10)。さらに、詩の最後に賛美の言葉が記されているのも(13節)、「個人の嘆きの詩」との類似性を思わせる。
この詩をエレミヤに結びつけるのは、「恐怖が四方から迫る」というエレミヤが語ったメッセージの要約が引用されていること(8:25参照)、そして、ヤハウェを「惑わす者」と呼んで、自分の敵対者としている点である(7節)。

エレミヤは、ヤハウェから言葉を受けた上は語らずにはいられないと言う(9節)。しかも、それは、「不正」や「暴力」を告発する言葉である(8節)。これだけなら、他の預言者と変わらない。しかし、他の預言者たちがそのメッセージ故に「迫害」を受けることについての感情を述べないのに対し、エレミヤは苦情を申し立てる。自分が真実(「ヤハウェの言葉」)だと思うことを語っているのに理解されないどころか、かえって苦しい目に合わされる。これを理不尽と感じる、いわば「普通」の感覚を述べている。これが重要である。エレミヤの語る言葉が「普通の感覚」を持つ人から述べられていると感じさせることで、その言葉には説得力が増すことになるからである。

預言者はそれぞれ、自分の語ることを正当なことだと証明しようとした。それが「召命」の物語である(イザヤ書6章、アモス書7:10〜17)エレミヤ書にも「召命」の物語があるが(1章)、エレミヤ書の用意する装置は、エレミヤの言葉が受け入れられないという厳しい現実を逆手にとって、それを説得力に転換しようとするものなのだ。ここに、エレミヤ書の特色があると言っていいだろう。

2009年7月19日日曜日

聖霊降臨節第11主日

ヨナ書3:1〜5

ヤハウェの命から逃げようとした(1章)ヨナだが、大魚の腹で過ごした(2章)後は、命じられたとおり、ニネベに行き、審判を宣告する(4節)。すると、人々は、ヨナの言うことを聴き、「神を信じ」た(5節)。結果どうなるか。
「神は、思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた」(10節)。

ヨナは、ヘブライ語聖書で唯一と言っていいほど、その預言の内容が受け入れられた人物である。「滅びる」ということを語った預言者は少なくない(イザヤ、アモス、ホセア……)が、まともに信じ、「悪の道を離れ」る人があったのは珍しい。

ところが、ここに、奇妙なねじれが起きてくる。
ヘブライ語聖書において、預言者の語る内容に傾聴すべきかどうかの判断は、1つしかない(1箇所にしか書かれていない)。申命記18:21〜22である。

あなたは心の中で、「どうして我々は、その言葉が主の語られた言葉ではないということを知りうるだろうか」と言うであろう。その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。

「語ったことが実現する」。この単純な基準だけが、「真正の」預言者と「偽」預言者を区別するものである。
この基準そのものにも、問題はある。「今」、語られている時点で、ことが起こる前に、本物かどうかを知りたいのに、本物で「あった」ことが分かるのはことが起こってからである。これでは、実際は役に立たない。
また、通常言われるような、「預言」と「予言」の区別も、実は存在していないことになる。

しかし、ヨナの場合は、問題は別のところにある。
ヨナは、神が語った言葉を語ったのである。その意味では、「真正の」預言者である。しかし、神が、ニネベの人々の態度を見て、ヨナに語らせた「災いをくだすのをやめ」たのなら、ヨナの語ったことは起こらず、ヨナは「偽」預言者だということになる。ヨナにはこれが不服で、神の「憐れみ深さ」をたたえる定型句を用いて、神を糾弾する(4:2。出エジプト記34:6参照)。
ヘブライ語聖書にその言葉が保存されている預言者は皆、その語った言葉が実現した、実現したということで「真正」性が証明された者たちである。その多くは、イスラエルやユダの滅亡を予言していた。その言葉通りに、イスラエルもユダも滅んだ(戦争に負け、征服された)。人々は彼らの言葉に耳を傾けなかった、とヘブライ語聖書(ことに申命記的歴史と預言書自体)は主張している。つまり、ほとんどの預言者は、「真正」だった故に「失敗」したのだった。
それなのに、ヨナは「成功」する。「真正」の預言者なのに。これでは、「真正」性まで疑われてしまう。

ここから浮かび上がってくることは、預言者の語ることによって事態が変化することなど、ヘブライ語聖書は予想だにしていないということだ。「預言者は、何とかして、彼らの理想とする、ヤハウェ主義契約共同体を実現しようとしていた」、というロマンティックなイメージは成立しない。「滅びる」と予言した預言者は、実際に「滅びる」ことを確信し、期待していたに違いない。ヨナのように!
ヨナ書は、私たちの持つ預言者のイメージを打ち砕く。

2009年7月14日火曜日

聖霊降臨節第10主日

ホセア書6:1〜6

ホセアの語る神は「人間くさい」。怒り、嘆き、喜び……あらゆる「人間的感情」が、ホセア書の中には渦巻いている。そもそも、「ゴメル」を巡る問題をきっかけに語り始められるこの書が人間関係に基づく言葉(「夫」「妻」など)や感情を表す言葉を用いるのは当然だと言えば、そうだろう。

6章は、ヤハウェのもとに「帰ろう」という言葉から始まる(1節)。これはヤハウェが引用しているもので、「いやし」や「生きる」という期待をして、人々が発言している(2節)。
その期待に、ヤハウェは反応する。「わたしはあなたに対して何をしようか」(4節。新共同訳「わたしはお前をどうしたらよいのか」)と自問した結論は、期待に反して審判をもたらすというものだった(5節。新共同訳「わたしの行う裁きは光のように現れる」はLXXに基づく読み替え)。

奇妙に思われるが、基本的には人間の行動や思惑に対して「反応する」というのが、預言書における神ヤハウェの行動パターンである。ホセア書でも例外ではない。
ヘブライ語聖書において神は、創世記から律法の付与までは、主導権をもって行動していた。しかし、律法によって、状況は一変する。神は、「応報の原則」の中に、自分を押し込めることになった。預言書が前提としているのも、この「律法と応報」における神である。

ところが、「立ち帰る」という言葉を巡って、期待する側と期待される側(神)の間に解釈の相違がある。期待する側の考える内容は明らかではないが、ヤハウェの考える内容は明らかにされる(6節)。ヤハウェは、「愛」(ヘブライ語「ヘセド」=契約に対する誠実さ)を求める。ヘブライ語聖書では、「律法の遵守」と同義語である。もちろん、「律法」には「いけにえ」や「焼き尽くす献げ物」も含まれるが、それだけでは、ヤハウェは満足しない。「完全な遵守」が永続的に行われることを要求する。

このことは、ホセア書の神が機械的な応報では満足しないということを表している。「神を知ること」を求めていることからも伺われる。「神を知る」とは、「神との出会いを通して、神とはこのような存在であることを体験的に悟る」ほどの意味であろうか。「知ること」と訳されている名詞da'athは、動詞y-d-'から導き出されたものだが、この動詞は親密な人間関係をも意味する(創4:1)。このような要求をする神は、まことに「人間くさい」(もちろん、これは、神は語る際に、そのような語彙とレトリックが採用されているということなのだが)。

2009年7月10日金曜日

聖霊降臨節第9主日

創世記21:(1〜8)9〜21

アブラハムの第2夫人、ハガルの追放の物語。16章にも同じ主題を扱った物語があり、「資料仮説」の根拠である「重複」であるとされる。しかし、単純に「重複」と考えるには、相違点が多い(詳しくは、拙著『アブラハム物語を読む』304〜306、378〜320頁を参照されたい)。

サラは、わずかであってもイシュマエルがアブラハムの財産を相続することをよしとしない(10節)。そのために、自分が見たことを、あえてアブラハムに話さない。
新共同訳は「サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見」たと訳しているが(9節)、この本文には問題がある。第1に「イサクを」という目的語はない(七十人訳から補っている)。第2に、「からかう」とされている動詞ts-ch-qのピエル語幹の意味をどのように考えるかである。これには、性的な意味合いも含まれうる(創世記26:8、39:14)。物語の進行から計算して、15〜17歳になっていたイシュマエルが、14歳年下のイサクと、成長という点で圧倒的な差を持っていたとしても不思議ではない。
皮肉なことに、それを認めたくないサラが、真っ先にそのことに気がついた。結婚して子どもが生まれるようなことがあれば、イシュマエルの地位は確立する。その前に行動したのだ。

アブラハムは逡巡する(11節)。せっかくここまで育ってきた長男を追放するのは、家系の存続を危うくすることだと考えたのだろう。ところが、神は、サラの言うことを受け入れ、イシュマエルとハガルを追放せよと命じる(12節)。
これが、ユダヤ教・キリスト教が信じる「神」なのか。弱い立場の者を保護し、助けるのではなく、家父長制の存続のために、より権力を有する者の主張を是認するというのが、「神」のとるべき行動なのか。ことにキリスト教の教える「神」と矛盾するのではないか。Ph.トリブルの問題提起(『旧約聖書の悲しみの女性たち』)は、正しく、有効である。

問題は「アブラハムの子孫」を自認する人々が、これをどう解釈するかであろう。自分たちの「信仰の継承」を理由に、アブラハムとそして、この「神」の行動を容認してしまうならば(代表格はパウロである。ガラテヤ4:21〜31)、それは、自らが説き、信じている教えが、実はその言葉とは裏腹に、自分たちだけの「救い」を保証し、そのためには他者の排除をもいとわないものであることを表明することになるのである。

2009年7月5日日曜日

聖霊降臨節第8主日

エレミヤ書7:1〜7

 7章全体は、「神殿の門」で語るようにといわれた言葉を記すので、「神殿説教」と呼ばれている。同様の内容は26章にも記されているが、そちらは、7:27以下の「彼らは呼びかけても答えない」という予測が当たっていたことを実証する物語を含んでいる(7節以下)。

 「神殿説教」は、神への信仰は祭儀が中心でもなく、国家としての「護持」(=「神殿」4節)が問題なのでもないことを語る。こう聞くと、個人主義の時代に生きる私たちは「信仰は心の問題」と合点しがちだが、エレミヤは申命記法の遵守を要求している(5〜6節。「わたしが命じる道」23節)。申命記では、共同体の倫理・正義を実現することが中心的なテーマとなっている。その根幹が、「唯一の神ヤハウェ」である(申命記6:4)。共同体の存立が倫理と正義の実現にかかっている。実現できれば、「約束の地」に住み続けることができる(7節)、つまり、共同体の存続が可能となるというメッセージは、至極当然のこととして聞こえる。

 エレミヤは他の倫理が「民」の生活の基盤となることを好まない(「バアル」に代表される。9節)。あるいは、それも申命記法に含まれていることであるが、祭儀や神殿の存在という、一面だけが強調されることも認めない(4節)。申命記法が理想とする、祭政一致、「神王イデオロギー」に基づいた共同体のあり方のみを是としている。この点で、エレミヤは、紛れもなく「原理主義者」である。

 ただ、エレミヤは、いわゆる「原理主義者」と、どこかが異なるように感じる。「ダビデ・エルサレム原理主義者」であるイザヤとは決定的に違う。その違いは、エレミヤが自らの原理主義的信仰に疑問を抱き、答えを求めて苦闘していること(いわゆる「告白」に記されている。12:1〜6、15:10〜21、17:14〜18、20:7〜18)と無関係ではないだろう。また、エレミヤが、原理主義的主張をしていても、それを、権力をもって、あるいは暴力的に強制しようとしなかった(実際、できなかった)、むしろ、その主張に共感する人はあっても、常に権力者から迫害されていたこととも関係しているだろう。つまり彼は、「失敗した原理主義者」なのだ。

 こうして読者は、エレミヤの苦悩と嘆き、憂国の思いだけを受け取ることになる。そして、申命記法に記された共同体正義の要求は、エレミヤという存在(「キャラクター」)を通して、普遍的な響きを持つことになる。

2009年7月2日木曜日

聖霊降臨節第7主日

歴代誌下6:12〜21

 神殿奉献の際のソロモンの祈りとして記されている。同じ祈りは列王記上8:22以下(この日の日課と同じ部分なら30節まで)に記されている。

 歴代誌はサムエル記・列王記を底本に、独自の資料を加え、かなりの編集を施して書かれた。この部分は、列王記の記述をほとんどそのまま引用している。
 列王記におけるソロモンの祈りは、申命記的歴史家が時代の分かれ目に置いている「演説」の1つであると考えられる(他に、ヨシュア記23章、サムエル記上12章、下7章など)。神殿が建設され、サムエル記下7:13に記されている、「ダビデの息子による神殿建設」という「預言」が実現したことをもって、時代の分かれ目とされている。それはまた、「ダビデの王朝」という「預言」(サムエル記下7:11)が実現した瞬間でもあった。
 歴代誌は、列王記が記す王位をめぐる宮廷の紛争を省き、「禅譲」された王としてソロモンを描く。そしてそのソロモンは、ダビデがその建築のために周到に用意した神殿を、実際に建築させたものとして、奉献の祈りを祈る。それは、何よりも、ダビデ王朝成立と、自己の正当性の宣言であった(15〜16節)。
 さらに、ソロモンは、「罪の赦し」を願う(21節)。この後、長い祈りは、この点からだけ語られる。勿論、この後の歴史を、ユダ王国の滅亡という最期までも知っている語り手は、神の「裁き」としての国家滅亡という神学的答えから語っているのだが、読者に、「祈りを聞き届ける神」、とりわけ、祈りに応えて「赦す神」を印象づけるために、このように、ソロモンに語らせるのだ。

2009年6月30日火曜日

聖霊降臨節第6主日

イザヤ書49:14〜21

 いわゆる「第二イザヤ」(40〜55章)の一部。バビロニア捕囚からの帰還を語る。「破壊され、廃墟と」なったユダ王国の地に、多くの人が帰還し(19節)、「狭すぎる」と感じられるほどになるというのである(20節)。

 この部分には、母親と子どものメタファーが用いられている。「あなた」と呼びかけられ、「母」になぞらえられているのは「シオン」であり(14節)、「子ら」(原文では「息子たち」)と呼ばれている(20節)のは、捕囚となったユダの人々である。「母国」というような表現とも同じ発想だろうか。「母親はその子どもを愛する」という「常識」を基に、ヤハウェがその民を忘れることがないと語る。これが、捕囚からの帰還を可能にする原動力である。
 人間とその心情に基づくメタファーを神に対して用いることは、ヘブライ語聖書の常套手段である。これは、「神」という存在について、ヘブライ語聖書を書いた人々が、極めて「人間的」な理解を持っていたということを表している(「類比=アナロギア」という発想方法である)。これは分かり易く、説得力のある記述方法だということができるだろう。というのも、人間に「同情する神」、人間を「愛する神」というイメージを作りやすいからである。

 このことが明らかにしているのは、ヘブライ語聖書に書かれた「神」は書いた人の期待と心情の投影だという事実である。そして、「人間的」な表現が用いられておらず、「形而上」的な神に関する記述がある場合でも(それは大変少ないが)、書いた人の願いが投影されていることが分かる。従って、神に関する(「啓示」としての)客観的記述としてではなく、期待や願いや心情の込められた文書として読まれるべきなのである。

2009年6月20日土曜日

聖霊降臨節第5主日

申命記26:1〜11

 G・フォン・ラートが名付けて以来、「小祭儀信条」と呼ばれるようになった部分(5b〜10a節)。フォン・ラートによれば、部族連合の中心聖所での祭儀で朗唱され、これが豊潤化されてJの物語の根幹になったという。
 ここでは、「土地取得伝承」というトーラーの物語が、簡単にまとめられている。そこには、エジプトでの苦難とそこからの脱出、約束の地への導き入れという物語の「発端」と「決着」は言及されている。しかし、カナンの地占有の根拠としての族長たちへの約束は、ごくごく簡単に触れられているだけである(5b節)。実際のトーラーだと出エジプト記16章から申命記全体にまたがる、荒れ野での放浪についての記事、つまり「旅」の真ん中の部分はな。さらには、現在のトーラーでは最も重要なシナイでの契約と律法についての記述が、全くない。
 もちろん、聖書学では、「小祭儀信条」がより古い伝承を残しており、荒れ野やシナイの伝承は後になって挿入されたのだと説明している。

 しかし、現在のトーラーの形態を考えると、興味深い疑問が湧いてくる。つまり、「体験」(エジプト脱出と約束の地の占有)と、その体験を基礎とするはずの「規律」(「十戒」から始まる、祭儀上、民法上、刑事上の規定)の間に、「無関係」という関係が成り立ってしまうのである。
 「律法」は繰り返し、「私はヤハウェ、あなたをエジプトの地から導きだした者」と言い、それを、イスラエルが規定を守らなければならない根拠としている。ところが、エジプトを脱出し、約束の地を占有したことだけを語る「小祭儀信条」からは、そのような、「体験から導き出される規律」の存在はうかがえない。「律法」は、その根拠を失ってしまうのだ。
 「律法」と同じ論法は、パウロも用いている(パウロが「律法」に精通していたことを思えば、当然か)。その際は、イエスの死と復活が「根拠」とされる。

 ということは、次のように考えられる。これらの「律法」は、根拠となる物語と、「律法」が物語と不可分であるとする立場を受け入れる者にとってのみ有効なのだ。物語を受け入れない、あるいは、「律法」が物語と結びつかないと考えてしまうと、「律法」はその効力を失う。そして、「小祭儀信条」は、「律法」がそのような「受容」の上に効力を有するのだということを、(おそらくは)図らずも明らかにしてしまっているのだ。

聖霊降臨節第4主日

イザヤ書60:19〜22

 イザヤ書の第3部(「第3イザヤ」と呼ばれる)に含まれる回復の預言。60:1〜7(とくに6節)は、公現日の日課として朗読される(マタイがこれを下敷きにマギたちの来訪を書いたのかどうかは、不明)。

 この箇所が終末的な希望を描いているのかどうかについては分からないが(第3イザヤには多分にその傾向がある)、「来るべき日」のことについて語る際、「ヤハウェがあなたのとこしえの光となる」と言うのは、黙示録の言葉を思い起こさせる(黙示録21:23)。

 このような言葉の前後には、しかし、「城壁」や「城門」(18節)、あるいは「国」(22節)という語があって、そこには、相変わらず「民族」としての関心、ことに周辺諸民族との関係で優位に立ちたいという願望が表されている。16節では「あなたは国々の乳に養われ/王たちを養う乳房に養われる」と言われていた。そうすると、「黄金と乳香」は外国の「富」が「イスラエル」にもたらされることを意味していたことになる(6節)。
 「神の民」としてのアイデンティティが、他の民を従わせる、あるいは、それらの人々の上に立つことと結びついた記述はヘブライ語聖書の至る所に見受けられるが、ことにイザヤ書にその傾向が強い(例えば2:1〜4)。

 もちろん、適うことのなかった願望ではあるのだが、このメンタリティーをキリスト教会が受け継いでいるとなると、話は違ってくる。圧倒的な物質文明と軍事力によってアジア・アフリカ・ラテンアメリカを植民地化したとき、キリスト教はその精神的バックボーンとなった。その論拠に、このイザヤ書のような箇所は、誂えたように使うことができるからだ。
 このような願望を持ち続けながら実現しなかったということと、「預言の成就」のために行動した、いや、自分たちの行動を正当化するために、使える箇所を「預言」に仕立てるというのとでは、根本的に異なると思う。イザヤ書の言葉の「使い方」が問われるだろう。

2009年6月8日月曜日

聖霊降臨節第3主日

エゼキエル書18:25〜32

 エゼキエルの言葉は、文字通りには、新共同訳の小見出しにあるように「各人の責任」について述べている。ある一時期の評判ではなく、最終的にその人が生きた生き方によって、「死ぬ」か「生きる」かが決められるという。親の「功績」も関係ない。その人のしたことだけが問題となるのだという口調は、今はやりの「自己責任」という言葉を思わせる。
 その場合、「正しさ」「正義と恵みの業」(5節)の内容は、6節以下に丁寧に記されている。

 こういう「公明正大さ」に対して、人々が「ヤハウェの道は正しくない」と批判していることを取り上げ(25節)、エゼキエルは弁明を試みている。
 人々の批判は、エルサレムの陥落、ユダの滅亡に対して向けられたもので、「ヤハウェの民」であるはずのユダが滅ぼされるのがヤハウェの意向だとすれば、それは「正しくない」と映ったのだろう。エゼキエルの論法では、先祖(ダビデやヨシヤが思い起こされるが)にどんな立派な人物がいても、過去においてヤハウェの「掟」や「裁き」(9節)を守っていても、今この時点が問題になる。
 だからこそエゼキエルは、ヤハウェの判断が正しく、今からでも「悔い改めて、……すべての背きから立ち帰」るよう、呼びかけるのである(30節)。

 ここには、2つの価値判断が書かれており、その2つが衝突している。人々の感覚が正しいのか、エゼキエルの弁明が正しいのか。
 「ひどい目に遭っているのは、(隠れて)悪いことをしていたからだ」という「常識」は、広く行き渡っている(例えば、「天網恢々疎にして漏らさず」)。しかし、苦境にある人は、通常、「どうして私がこんな目に遭うのか」という疑問を持つ。エゼキエル書の記す衝突は、日常生活で出会う、観点の差異が反映されているように思われる。

 だとすれば、「正解」は存在し得ないことになる。ヘブライ語聖書は、全体としてはエゼキエルと同じ立場を取っている。その立場は、同時に、「全世界(歴史)の唯一の神であるヤハウェ」という論理装置を生み出すことにもなる。
 しかし、エゼキエルの言うような単純な判断方法は、妥当なのだろうか。もっと複雑な要因が絡み合って、物事は起き、進んでいくのではないだろうか。エゼキエルの弁明は、私たちの判断基準に疑問を投げかける。

2009年5月25日月曜日

聖霊降臨節第1主日・聖霊降臨日(5月31日)

ヨエル書2:23〜3:2

 ペンテコステの出来事の「預言」として、使徒言行録2章に引用されている箇所。
 ヨエル書は、次のような構成になっている。
  1. いなごによる被害とその意味づけ(1:1〜2:11)
  2. 悔い改めへの呼びかけ(2:12〜17)
  3. 回復の約束(2:18〜3:5)
  4. 諸国民への審判(4:1〜21)
 いなごの大発生による災害を神からの裁きととらえ、それを機に悔い改めを迫る。これは、ヘブライ語聖書の預言者の中で,特殊な預言である。というのも、預言は多くの場合、迫り来る危機——多くの場合、外国の侵略——を前に、ある者は滅亡を(アモス、ホセア)、ある者は解放を(イザヤ、ミカ)語るのだが、ヨエルは既に到来した危機的状況を意味づけし、悔い改めを呼びかけているからである。
 神は、民の悔い改めに対して応答し、回復を約束する。その最後に、「霊を注ぐ」ことが加えられている。
 民が「預言状態」になることを、好ましい状態だとしている箇所としては、民数記11:24〜29が上げられる。モーセは、「主の民すべてが預言者となればよいと切望しているのだ」と語る。ヨエルの語る「その日」の様子は、荒れ野でのこの出来事を彷彿とさせる。

 使徒言行録は、この箇所を典拠として、「その日」の出来事を記す。モーセが「切望し」、ヨエルが「預言した」、すべての人が預言者となる状況を描くことで、救いの実現を伝えたかったのだろう。

 しかし、ヨエルは、他の預言書と同じく、ユダの救いを諸国民への審判と対置させる(4章)。ヘブライ語聖書の預言者において、この2つはコインの両面のように分かちがたく結びついている。しかも、ヨエル書においては、危難は諸国民による圧迫や侵略ではなかったのに、である。
 「救いの実現」と「他者の没落」をセットにする論理構造は、一見受け入れがたいが、実は、現代人の私たちにも、根深く息づいているものなのかもしれない。

2009年5月24日日曜日

聖霊降臨節第2主日・三位一体主日(6月7日)

イザヤ書6:1〜8

 イザヤの「召命」の記事。神殿での祭儀中に、イザヤは幻を見る。それどころか、「聖なる万軍の主」(3節)を直に「見」てしまう(5節)。神を見ることは許されないことなので(出33:20参照)、イザヤは自分は「災いだ」と言うのだ。

 ところが、ヘブライ語聖書では、時折、直に神を見たということが記されている。出24:11では、民の代表者たちが「神を見て、食べ、また飲んだ」と記されているし、創28:13では、ヤコブは天までとどく「階段」の「傍らに立つ」ヤハウェを見ている。「思い込み」も含めると、その箇所は決して少なくない。
 ヘブライ語聖書を読むと、この神は、独り天上界で、何にも乱されずに、完全なる孤独と静寂のうちにいる「至高の存在」ではない。むしろ、人間に関わりを持とうとし、時折、過保護・過干渉なまでに介入してくる存在として描かれている。

 「聖」であるということは、全く異質の存在を意味する。イザヤにとっては、最初、神は、いわば隔絶した、異質な存在として認識されていたのだろう。ところが、実は、この神は「見る」ことができるし、イザヤに触れるし(6節)、語りかける(8節)存在なのだという事実に、イザヤは目覚める。
 この後イザヤは、この過干渉気味のヤハウェの代理人にふさわしく、一々のことに発言し始める。しかも、6章後半の預言が示すように、「滅亡」と「残りの者」というメッセージを通奏低音にして。

 このような神観を、キリスト教は神学的に発展させてきた。「有神論」においては、超越者なる神がこの世界に関わりを持とうとすると議論される。しかしそれは、神の本質に関する議論というより、その議論をする者の「期待」の表明であると考えられる。「過保護・過干渉な親」のような神を求めているから、このような議論になる訳だ。このような「束縛」をよしとしない現代においては、神観も見直しを迫られているのではないか。

2009年5月18日月曜日

復活節第7主日(5月24日)

エレミヤ書10:1〜10a

 エレミヤは、「木片」から作られ、「金銀」で飾られた「偶像」(3〜4節)とヤハウェを対比し、ヤハウェに向かって、「あなたに並ぶものはありません」と言う(6節)。同様の「偶像批判」は、イザヤ書(40、44章)にも現れるから、バビロンの文化に触れた者にとっては、大問題だったことが想像できる。
 しかし、その手法、結局、ヤハウェと「偶像」とを比べるという手法そのものが、ヤハウェを唯一絶対の神とする主張とは相容れないのではないか。「比ぶべくもない」と言いながら、比べているのだから。
 ヤハウェの優越性の主張は「ヤハウェの嗣業の民」としてのイスラエルの独自性(16節)の根拠として語られているのだが、ヤハウェの超越性の主張に説得力がなくなると、もうひとつの主張も根拠が曖昧になってくる。

 バビロニアの脅威を感じていた時代、さらには捕囚期にあっては、このような主張も意味があったのかもしれない。しかし、この文言を典拠に、今日において「偶像崇拝禁止」を言うことはどんな意味があるのだろうか。「私たちは『偶像』を認めない」という主張は、そのまま、絶対性の主張の根拠とされるが、人間の営みに過ぎない宗教を絶対視することは、「神以外のものを神とする」点で「偶像崇拝」なのではないか。
 エレミヤ書の陥っている自己矛盾と同じ論理矛盾がここにはある。
 現代においてはむしろ、絶対性を主張する者のもつ論理的矛盾——それは、あらゆる人が陥る危険性がある——を暴くテクストとして読むのがいいのではないか。エレミヤという「熱心」で「純粋」な預言者の言葉だからこそ、そう思う。

2009年5月6日水曜日

復活節第6主日(5月17日)

列王記上18:20〜39

 エリヤとバアルの預言者たちの対決を描く。

 実は、このエピソードは、復活節第3主日に指定されているエピソード(17:〔8〜16〕17〜27)の続きである。さらに、有名な19章のエピソードの引き金となる。エリヤの物語を全体として読むと、ここだけを読むときとは異なるものとして立ち現れてくる。

 ヤハウェはエリヤに対し、イスラエル王アハブに面会するように命じるが、ここには具体的な内容は記されていない(1節)。エリヤは、自分とバアルの預言者たち450人の直接対決を提案し(19節)、不思議なことに、アハブもこれを受け入れる(20節)。
 エリヤは、バアルとヤハウェのどちらが「神」であるかを「火」によって証明するよう提案し、民はこれを受け入れる(24節)。結果的には、エリヤが目論んだ通りになり、民は「ヤハウェこそ神」と告白するようになり(39節)、エリヤに扇動された民はバアルの預言者たちをとらえ、エリヤは彼らを殺す(40節)。

 エリヤはこのような戦略をどこで思いついたのか。サレプタのやもめの息子を生き返らせたとき、彼女は、エリヤを「まことに神の人」と認めた(17:24)。民衆には「奇跡による証明」が「有効」だとエリヤに気づかせたのは、彼女の言葉ではなかったか。しかし、もしエリヤがこのような戦略をとろうとしたのだとすれば、彼は民を「愚」なるものと認識していたことになる。分かりやすい「証明」を用いる宗教はうさんくさいものであると、現代の読者の目には映る。

 そもそも、物語は「イゼベルがヤハウェの預言者を(切り)殺した」と言うが(4、13節)、その記事は、他のどこにも書かれていない。それどころか、敵対する信仰の預言者を「殺した」のはエリヤの方だった。

 自分の思惑通りになる、それも敵対者が殺される(正確には、敵対者を自分で殺す)ような事態になったのが、あるいは、「奇跡」によって民を扇動することが「祈りが聞かれる」ことならば、この「神の人」の喧伝する神は、かなり危険な神だと言わざるを得ない。

 ところが19章では、エリヤのこのような戦略が否定される(少なくとも、留保される)。
 18章の出来事に怒ったイゼベルはエリヤの命を狙う(19:2)。エリヤは逃亡し、「神の山ホレブ」に向かう(8節)。きっとそこで、モーセのように、直接語りかけられることを望んだのだろう。ヤハウェはエリヤに語りかけるが(12節)、それはエリヤが望んだような出エジプト時の再現ではなく(11節。出エジプト記19:18〜19参照)、エリヤの行動を認証するものでもなかった。10節、14節に繰り返されるエリヤの言葉は、自分の行動を賞賛して欲しいという思惑を含んでいるが、ヤハウェはこのことには一言も触れない。むしろ、ヤハウェは、エリヤの後継者を指名し、その者によって自分の意思が実行されると語る(15〜17節)。エリヤの目論見は、徹底的に否定される。実は物語自体が、エリヤの行動に疑問を抱かせるように構成されているのだ。別の言い方をすれば、エリヤの戦略や、エリヤが提示する神のありようを、物語は是としていない、少なくとも疑問を抱いて読み直すよう促していると言える。

2009年4月29日水曜日

復活節第5主日(5月10日)

サムエル記下1:17〜27

 ダビデが、戦死したサウルとその息子ヨナタンを悼んで歌ったとされる、「弓」と題された詩。

 サウル戦死を巡る物語は、かなり「きな臭い」。
 サウル戦死の様子は、物語の描写(サムエル記上31章)と、ダビデの下にその様子を知らせに来た者の報告(サムエル記下1:5〜10)とでは、異なっている。サウル戦死を知らせた者は、同時に「王冠と腕輪」(10節)をもたらすが、それは、この者の思惑——ダビデにとってはこれは「吉報」であり、ダビデが王位に就く「好機」が訪れた——を表している。
 サウルはペリシテとの戦闘中に戦死したのだが、ペリシテの傭兵隊長となっていたダビデはこの戦闘に参加していなかったと物語は語るのだが(サムエル記上29章)、同時に、その戦闘中にアマレクを略奪し、その略奪品を「ユダの長老たち」に送っている(同30章)。
 こうして見てくると、ダビデは限りなく「クロ」に近い。サウルとその後継者たちの死によって、ダビデは王位に近くなるのだから。事実、この後、ダビデはユダの王となる(サムエル記下2:4)。
 このような「疑惑」を払拭するために、ダビデはサウルとヨナタンを悼んでいる「ポーズ」を見せる必要があった。それがこの「弓」の歌である。

 ダビデは、サウルとヨナタンを、戦闘に長け、イスラエルに略奪品をもたらした英雄としてたたえる。
 ヨナタンの「愛」(26節)を巡っては、さまざまな議論がされてきたが、決着が付くことはないだろう。その上で忘れていけないのは、ダビデがこの詩を単に哀悼の気持ちからだけ歌っているのではないことである。ヨナタンを「兄弟」と呼ぶのには、自分が王位に着くことの正統性の主張が込められている。確かに、サウルの娘ミカルを妻とした(彼女は、ダビデの逃亡後別の男性に嫁がされた)ダビデは、ヨナタンを「兄弟」と呼べるのだが、ヨナタンの深い愛情でさえ(それがどのようなものであったにせよ)、ダビデは自分のために利用しようとしているのだ。

 他の日課との関連は、この週も難しい。
1 福音書とは、「父」「子」という言葉で関連している。
2 福音書とは、死だけを述べるサムエル記と、「父の家」を語る点で対照的である。
3 使徒書の言う「兄弟を愛する」は、ヨナタンの「愛」、ないしダビデの追悼の気持ちと関連させられているか。

2009年4月19日日曜日

復活節第4主日(5月3日)

ネヘミヤ記2:1〜18

 ネヘミヤによるエルサレムの城壁再建の発端。

 ネヘミヤは、ペルシャ王の「献酌官」という高い地位を利用して、エルサレムへ赴き、城壁を再建する許可を得る。その際のネヘミヤの外交的手腕(2〜8節)や情報収集のための努力(11〜15節)は、この計画に対するネヘミヤの熱意を表している。
 そのような熱心な企てに対して賛成・反対の両方の反応があるのは、常のことである。「機嫌を損ねた」人々もあり(10、19節)、「良い企てに奮い立った」人々もあった(18節)。ネヘミヤ記はネヘミヤの立場に同情的に書かれているのだから、もちろん、賛成した者は「善」、反対した者は「悪」と描かれる。
 問題は、現代の読者が、それをそのまま受け入れるかどうかである。ペルシャ王に対しては外交的によく錬られた交渉をした人物が、彼が「敵」と見なした人々に対してこれほどまでに高圧的なのはなぜなのか。王の許可があるからという後ろ盾がそうさせたのか。そもそも、他国の支配者の権威に基づいてエルサレムの再建を果たすというのは、ヘブライ語聖書全体から見たときには、あまり歓迎されないことではないのか。ネヘミヤの物語を読むと、さまざまな疑問が湧いてくる。
 とりわけ、現代に生きる読者にとって大きな疑問は、「敵」と「味方」しか存在しないという認識の方法は正しいのか、というものである。ネヘミヤ記を貫くこの認識方法を疑ってしまうと、ネヘミヤ記、そしてヘブライ語聖書全体に関わる疑問を持つことになるのだが、「Aと非A」で物事を区別しようとする傾向のある私たちにとって、少なくとも警鐘を鳴らす役割はするだろう。

 他の日課との関連は、大変難しい。
 ネヘミヤは「来るべき者」であるが、それは、「真の来るべきメシア」(ヨハネ11:27)の予型なのか。
 ネヘミヤの「企てに奮い立った」ように、"霊"の賜物を受けている者たち(1コリ12:4)は、「全体の益」となるべく働くよう、勧められているのか。

2009年4月18日土曜日

復活節第3主日(4月26日)

列王記上17:(8〜16)17〜24

 エリヤの「奇跡」の記事2つ。
 前半は、サレプタに住むやもめの家の「壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった」(16節)ことが記される。後半は、そのサレプタのやもめの息子を、エリヤが生き返らせた記事。

 エリヤの物語全編は、エリヤの視点から書かれている。それを他の登場人物の視点、例えば、サレプタのやもめの視点から読み直した場合、別の物語として浮き上がる。
 ヤハウェの命でサレプタのやもめの家に身を寄せたエリヤ。もし、子どもを死なせたのがヤハウェならば、やもめの嘆き(18節)はもっともなものだと思う。これを受けて、エリヤもヤハウェに訴えかける(20節)。ヤハウェはエリヤの願いを聞き届けた(22節)が、それは、自らの責任を認めたためだろうか。
 理不尽な命令に従わされ、息子の命も奪われたやもめの必死の嘆きは、エリヤの感情を刺激し、ヤハウェの責任意識にも訴えかけたと読める。彼女の存在なくしては、エリヤが生きながらえることはできなかったし、この後、アハブ=イゼベルと対決することもなかったのだから、エリヤもヤハウェも、彼女の声には聞き従わざるを得なかったのだろう。

 使徒書として選ばれているコロサイの信徒への手紙3:1〜11と並置されると、サレプタのやもめの子どもが「蘇生」したことが「キリストと共に復活させられた」(1節)と解釈される。そして、そのことは、倫理的な勧めへとつながっていく(5〜9節)。