出エジプト記17:3〜7
エジプトを脱出した後、民は、食糧と水の不足という、生存を脅かす事態に遭遇する。食糧は「マナ」と「うずら」で解決される(16章)。そして、水についてが、この日課である。
水がないという「不平」(3節)を聞いたモーセは、「ナイル川を打った(出7:20)杖」で岩を打って、水を出すよう命じられる(6節)。
この杖には水に関する呪術的力があるのかとも思わせるが、現在の物語は、この場所が「マサ(試し)とメリバ(争い)」と名付けられること(7節)が中心となっている。
興味深いのは、民が「モーセと争い、ヤハウェを試した」と、この物語の枠になる部分に記されていることである(2、7節)。この出来事が、ヤハウェに対する不信として見なされているだけでなく、モーセに対する「争い」、その正当性をめぐるチャレンジとして受け止められていて、この2つは同質ものとして結びつけられている。神の「代理人」たるモーセに対する挑戦は、ヤハウェに対する不信と見なされている。
ヘブライ語聖書では、他にサムエルがヤハウェの「唯一の代弁者」となり、サムエルの内面でさえ、両者の区別がつきにくくなっている様子がうかがわれる(サム上8:7)。モーセにもこのような状況にあったのだろうか。
モーセの言葉を聞く側はどうだったのだろう。モーセの言葉とヤハウェの言葉の区別はついていたのだろうか。モーセの語るヤハウェの言葉に忠実であることを求められ、そうしてきた者は、ヤハウェの言葉を語っていなくてもモーセに従おうとはしなかったのだろうか。
この「誘惑」は、すべての「指導者」にある。
2016年1月30日土曜日
D年降誕節第7主日(復活前第7主日)
申命記8:1〜6
「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きる」(3節)は、よく知られた箇所である。知られているのは福音書でイエスが引用しているからであるが、それゆえに、教会暦=聖書日課では、次週(復活前第6、四旬節第1主日)に朗読されることが多い。
申命記は、「約束の地」に入る直前にモーセが勧告する形で書かれている。8章では、「40年の荒れ野の旅」が、民が神の「戒めを守るかどうかを知」るための、いわば、試験期間であり、「訓練」期間であったという意義が語られる(2、5節)。そして、「着物は古びず、足が晴れることもなかった」と、この間もヤハウェの守りがあったことを強調する(4節)。これは、「約束の地」でヤハウェの「戒め」を守らなければならないと命じる根拠となっている。
また、その地が以下に素晴らしい地であるかが強調される(7-10節)。これは、荒れ地での旅が厳しかったことの裏返しであるが、期待も抱かせる。
一方、日課の後には、「戒めと掟」を守らないと「滅びる」という「警告」(新共同訳の小見出し)が記されているが(11-20節)、この「アメとムチ」は申命記の基本的な方法である(例えば、28章)。
「神に従えば豊かに報いられる」という命題が真だとすれば、その対偶「不運に見舞われているのは、神に従っていないからだ」も真となる。
この考え方はどれほど私たちに染みついていることか。信仰の有る無しにかかわらず、あるいは、どのような信仰を持っているかにかかわらず。先週、先々週と日課に選ばれていたヨブ記はこの考え方を持つために苦しむヨブと、同じ考え方からヨブを非難する友人たちの対話が主であった。そして、最後に呼び出された神は、「人間の思い出は神の計画は理解できない」と、ヘブライ語聖書で主流である考え方(そして、それは私たちの考え方でもある)に疑問を突きつける。
この幸せ/苦境は神の「戒め」を守ってきた/こなかった(倫理的な生活を送ってきた/こなかった)からという考えから解放されることは、私たちを非・倫理的な生き方に向かわせるのだろうか。
「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きる」(3節)は、よく知られた箇所である。知られているのは福音書でイエスが引用しているからであるが、それゆえに、教会暦=聖書日課では、次週(復活前第6、四旬節第1主日)に朗読されることが多い。
申命記は、「約束の地」に入る直前にモーセが勧告する形で書かれている。8章では、「40年の荒れ野の旅」が、民が神の「戒めを守るかどうかを知」るための、いわば、試験期間であり、「訓練」期間であったという意義が語られる(2、5節)。そして、「着物は古びず、足が晴れることもなかった」と、この間もヤハウェの守りがあったことを強調する(4節)。これは、「約束の地」でヤハウェの「戒め」を守らなければならないと命じる根拠となっている。
また、その地が以下に素晴らしい地であるかが強調される(7-10節)。これは、荒れ地での旅が厳しかったことの裏返しであるが、期待も抱かせる。
一方、日課の後には、「戒めと掟」を守らないと「滅びる」という「警告」(新共同訳の小見出し)が記されているが(11-20節)、この「アメとムチ」は申命記の基本的な方法である(例えば、28章)。
「神に従えば豊かに報いられる」という命題が真だとすれば、その対偶「不運に見舞われているのは、神に従っていないからだ」も真となる。
この考え方はどれほど私たちに染みついていることか。信仰の有る無しにかかわらず、あるいは、どのような信仰を持っているかにかかわらず。先週、先々週と日課に選ばれていたヨブ記はこの考え方を持つために苦しむヨブと、同じ考え方からヨブを非難する友人たちの対話が主であった。そして、最後に呼び出された神は、「人間の思い出は神の計画は理解できない」と、ヘブライ語聖書で主流である考え方(そして、それは私たちの考え方でもある)に疑問を突きつける。
この幸せ/苦境は神の「戒め」を守ってきた/こなかった(倫理的な生活を送ってきた/こなかった)からという考えから解放されることは、私たちを非・倫理的な生き方に向かわせるのだろうか。
2016年1月16日土曜日
D年降誕節第6主日(復活前第8主日)
ヨブ記23:1〜10
珍しいことに、ヘブライ語聖書日課が、前週からの続きとなっている。
エリファズの「説得」に対するヨブの反論が、23章の主眼である。ヨブは、神が自分の訴えを聞いてくれさえすれば、自分の潔白が認められると主張する(7、10節)。問題は、その神に会うことができないことなのだ(3〜4、8〜9節)。
ここに、ヨブ記が「現代的」だとされるひとつの理由がある。現代は「神なき世界」、「神を必要としない社会」であるが、ヨブは、(著作の年代は明らかでないものの)どのような場面でも神の存在を前提としていた古代において、このような問いを発する。
天上界におけるこの物語の発端(1〜2章)はあくまで登場人物たちには隠されており(読者には明らかにされているので、「劇的アイロニー」が成立している)、登場人物、とりわけ、不運を嘆くヨブには、自分の不運の理由が分からない。友人たちは、それがヨブの「悪」に起因するとするが、ヨブは納得できず、反論を重ねている。もし自分の潔白を認めるものがあるとすればそれは神であるとは信じているものの、その神を見いだせないと嘆いているのだ。
このディレンマこそ、今も、ヨブ記が苦しみの時に読まれる理由であろうし、ヨブ記を読む人が感じている感情であろう。永遠の超越者は、永遠に沈黙している。
では、信じる者は、この永遠の沈黙の前に、あるいは、その中で、どのようにすればいいのか。「摂理」というキリスト教の信仰箇条を持ち出すことは、多分、安易に過ぎるだろう。神の沈黙にもかかわらず、私たちは最善(と思われる道を選んで、そのために力)を尽くすしかない。現代的な意味では、ほとんど「無神論」にも近い主張が、ヨブ記にはあるように思える。
D年降誕節第5主日(復活前第9主日)
ヨブ記22:11〜28
日本キリスト教団が採用している〈4年サイクル聖書日課〉では、降誕節の最後3週は、以前の教会暦では「受難前節」と呼ばれる時期と重なっており、実質的に「復活前節」に入る。キリストの生涯が主題となっており、順に、「教え」「いやし」「奇跡」に関する箇所が読まれる。
ヨブ記22章は、ヨブと友人たちの議論の第3ラウンドを開始する、テマン人エリファズの発話である。
「神に従い、神と和解しなさい」(21節)、また、「(神の)教えを受け/その言葉を心に納めなさい」(22節)と教え、そうすれば、ヨブの行うことは「成就する」と勧める(28節)。典型的に「応報思想」的な神観、信仰観が言われている。
私は、この「日常的な感覚」が間違っているとは思わない。しかし、これはひとつ間違えば、苦境にある人、思い通りにならないことを抱えている人が皆、「悪」を行ったとはまでは言えないものの、神の「教え」どおりに生きてこなかったことを主張するものになりかねない。「生きてこなかった」どころか、ひとつの過ちですら、「因果応報」の根拠にされてしまう。
日課に選ばれている箇所の直前で、エリファズはヨブの「悪」を指摘する(5〜9節)。だからこそ、今のヨブの苦しみは当然のことだと言う(10節)。ヨブ記の読者は、このエリファズの主張が誤りであることを知っている。ヨブ記は、その冒頭で、ヨブがいかに「無垢な正しい人」であったかを語り(1:1)、ヨブの不幸が単に神とサタンの「賭け」に起因することを伝えていた(1:11、2:5)。エリファズは、上に述べたような、「応報」的な発想に基づいて眼前のヨブの不運を解釈したに過ぎないことが分かる。これが、使徒書日課のヨハネの手紙一が繰り返し勧めるような、「互いに愛し合う」掟とは大きく異なる姿勢であるとは、多くの人が認めるところであろう。
しかし、ヨブに対する自分の評価が間違っていないことを証明するために「賭け」に乗るような神と和解してもいいのだろうか。その「教え」に従うことは、尋常なことなのだろうか。詩編125は「ヤハウェに依り頼む人は……揺らぐこと」がないと歌うが、この神は、自分に依り頼むヨブを、サタンの自由に委ねたのではなかったか。
ヨブ記は危険な「知恵」の書である。私たちの人生について、先人たちが考え、教えてきたことは、結局通用しないと教えているようにも読めるし、だから、何をするか分からない「全能」の神を恐れる(文字通り)ことを勧めているようにも読める。少なくとも、エリファズの言うような簡単な「人生観」は、もはや有効ではないことを、ヨブ記の読者は知るだろう。
日本キリスト教団が採用している〈4年サイクル聖書日課〉では、降誕節の最後3週は、以前の教会暦では「受難前節」と呼ばれる時期と重なっており、実質的に「復活前節」に入る。キリストの生涯が主題となっており、順に、「教え」「いやし」「奇跡」に関する箇所が読まれる。
ヨブ記22章は、ヨブと友人たちの議論の第3ラウンドを開始する、テマン人エリファズの発話である。
「神に従い、神と和解しなさい」(21節)、また、「(神の)教えを受け/その言葉を心に納めなさい」(22節)と教え、そうすれば、ヨブの行うことは「成就する」と勧める(28節)。典型的に「応報思想」的な神観、信仰観が言われている。
私は、この「日常的な感覚」が間違っているとは思わない。しかし、これはひとつ間違えば、苦境にある人、思い通りにならないことを抱えている人が皆、「悪」を行ったとはまでは言えないものの、神の「教え」どおりに生きてこなかったことを主張するものになりかねない。「生きてこなかった」どころか、ひとつの過ちですら、「因果応報」の根拠にされてしまう。
日課に選ばれている箇所の直前で、エリファズはヨブの「悪」を指摘する(5〜9節)。だからこそ、今のヨブの苦しみは当然のことだと言う(10節)。ヨブ記の読者は、このエリファズの主張が誤りであることを知っている。ヨブ記は、その冒頭で、ヨブがいかに「無垢な正しい人」であったかを語り(1:1)、ヨブの不幸が単に神とサタンの「賭け」に起因することを伝えていた(1:11、2:5)。エリファズは、上に述べたような、「応報」的な発想に基づいて眼前のヨブの不運を解釈したに過ぎないことが分かる。これが、使徒書日課のヨハネの手紙一が繰り返し勧めるような、「互いに愛し合う」掟とは大きく異なる姿勢であるとは、多くの人が認めるところであろう。
しかし、ヨブに対する自分の評価が間違っていないことを証明するために「賭け」に乗るような神と和解してもいいのだろうか。その「教え」に従うことは、尋常なことなのだろうか。詩編125は「ヤハウェに依り頼む人は……揺らぐこと」がないと歌うが、この神は、自分に依り頼むヨブを、サタンの自由に委ねたのではなかったか。
ヨブ記は危険な「知恵」の書である。私たちの人生について、先人たちが考え、教えてきたことは、結局通用しないと教えているようにも読めるし、だから、何をするか分からない「全能」の神を恐れる(文字通り)ことを勧めているようにも読める。少なくとも、エリファズの言うような簡単な「人生観」は、もはや有効ではないことを、ヨブ記の読者は知るだろう。
2016年1月9日土曜日
D年降誕節第4主日
サムエル記上3章1〜10節
サムエルの「召命」として、よく知られたエピソードである。「どうぞお話しください。僕は聞いております」(10節)というフレーズは、いろいろな場面で引用される。
この日の日課として選ばれているのは、神からの語りかけということが他の日課と関連しているからだろう。
福音書では、イエスが、弟子となるアンデレやペトロ、フィリポ、ナタナエルに「語りかける」(39、42、43、48節)。語りかけられた弟子たちも、語りかける(41、45節)。語りかけられた者が弟子となる。
使徒書では、パウロが、自分が「語りかけられた」体験を語る(使徒9:1-31参照)。
興味深いのは、日課が10節までで、その後の、ヤハウェのメッセージ本体を含んでいないことである。ヤハウェは、エリの息子たちの不行状(サム上2:12-17、22)を指摘した(2:27-36)にも関わらず、それが改まらなかったゆえに、エリの家を「とこしえに裁く」と告げる(13節)。エリも以前に息子たちを叱っていたからか(2:23-25)、サムエルの語った言葉をヤハウェの言葉として受けいれる(18節)。
サムエルが語ったことは実現し(4:11、18-22)、サムエルは真正の預言者として認められることになる(「(サムエルの)言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。……イスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認めた」3:19-20)。「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」時代に、サムエルは、事実上、唯一のヤハウェの意志の代弁者となった。
そのことをサムエルは、エリから、語りかけているのがヤハウェであると指摘されたときに(8節)自覚し始めたのではないか。自分が語られた言葉はエリとその家(ひょっとすると、世襲の士師=王に近いものを意味するのかも知れない。サム下7:11参照)に対する断罪を告げるものであったが、サムエルは自分がその後継者となることを、同時に感じたかも知れない。実際、エリが士師であったように(4:18)、サムエルも士師として「イスラエルのために裁きを行った」(7:15-16)。そして、エリが息子たちを自分の後継者として考えていたように(「家」)、サムエルも自分の後継者として息子たちを任命する(8:1)が、その息子たちは、エリの息子たちのように不正を行った(8:3)。
結局、ヤハウェからの語りかけはサムエルとの特別な関係を築く端緒となるものの、その特別な関係と地位により、サムエルは自らを特別視し、自らが裁きの言葉を伝えたエリとその家のようになってしまったのではないか。神の言葉を受け、それを伝えていると自認している者、その「権威」を持っていると感じている者への警告のように思えてくる。
サムエルの「召命」として、よく知られたエピソードである。「どうぞお話しください。僕は聞いております」(10節)というフレーズは、いろいろな場面で引用される。
この日の日課として選ばれているのは、神からの語りかけということが他の日課と関連しているからだろう。
福音書では、イエスが、弟子となるアンデレやペトロ、フィリポ、ナタナエルに「語りかける」(39、42、43、48節)。語りかけられた弟子たちも、語りかける(41、45節)。語りかけられた者が弟子となる。
使徒書では、パウロが、自分が「語りかけられた」体験を語る(使徒9:1-31参照)。
興味深いのは、日課が10節までで、その後の、ヤハウェのメッセージ本体を含んでいないことである。ヤハウェは、エリの息子たちの不行状(サム上2:12-17、22)を指摘した(2:27-36)にも関わらず、それが改まらなかったゆえに、エリの家を「とこしえに裁く」と告げる(13節)。エリも以前に息子たちを叱っていたからか(2:23-25)、サムエルの語った言葉をヤハウェの言葉として受けいれる(18節)。
サムエルが語ったことは実現し(4:11、18-22)、サムエルは真正の預言者として認められることになる(「(サムエルの)言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。……イスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認めた」3:19-20)。「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」時代に、サムエルは、事実上、唯一のヤハウェの意志の代弁者となった。
そのことをサムエルは、エリから、語りかけているのがヤハウェであると指摘されたときに(8節)自覚し始めたのではないか。自分が語られた言葉はエリとその家(ひょっとすると、世襲の士師=王に近いものを意味するのかも知れない。サム下7:11参照)に対する断罪を告げるものであったが、サムエルは自分がその後継者となることを、同時に感じたかも知れない。実際、エリが士師であったように(4:18)、サムエルも士師として「イスラエルのために裁きを行った」(7:15-16)。そして、エリが息子たちを自分の後継者として考えていたように(「家」)、サムエルも自分の後継者として息子たちを任命する(8:1)が、その息子たちは、エリの息子たちのように不正を行った(8:3)。
結局、ヤハウェからの語りかけはサムエルとの特別な関係を築く端緒となるものの、その特別な関係と地位により、サムエルは自らを特別視し、自らが裁きの言葉を伝えたエリとその家のようになってしまったのではないか。神の言葉を受け、それを伝えていると自認している者、その「権威」を持っていると感じている者への警告のように思えてくる。
2016年1月3日日曜日
D年降誕節第3主日
イザヤ書42:1〜9
「第2イザヤ」と呼ばれる、紀元前6世紀にバビロンで活躍した無名の預言者の言葉。
1〜4節は、聖書学では、「僕の歌」の1つとされる(他は、49:1〜6、50:4〜9、52:13〜53:12)。これらによって第2イザヤの民族主義が普遍主義へと「緩和」されたとするのが、定説とされてきた。
しかし、第2イザヤには「僕」という語がこれら以外にも用いられており、これらだけを特別視することは難しい。また、ダビデとシオンへの関心、天地創造と出エジプトの神としてのヤハウェ(例えば、5節)など、民族主義的な主張は、「僕の歌」の存在によっても変わらないと考えられる。
一読して、この箇所が「裁き(ミシュパート)」に関心があることが分かる。1、3、4節にこの語が繰り返されている。この箇所では「教え(トーラー)」(4節)、「恵み(ツェデク)」や「契約(ベリート)」(6節)と結びつけられており、ヘブライ語聖書の伝統の中に位置づけられる。
不思議なのは、2〜3節の記述である。その「声を聞こえさせない」ことと「裁き」とは相いれない。また、3節の隠喩は、一般的に、(社会的)弱者への配慮を意味すると考えられているが、それを確信させる要素はない。ただ、ツェデクやトーラーを、申命記的な弱者への配慮と結びつけることは可能である(申24:17〜18参照)。だとすると、「僕」は、ヘブライ語聖書、とくに申命記の思い描く「理想のイスラエル」を実現するものと考えられる。
聖書日課では、イエスの「預言」と解釈されて、福音書と結びつけられている。ことに、この僕の上にヤハウェの「霊(ルーアハ)」が置かれていることが、イエスの上に「"霊"が鳩のように天から降って、とどま」ったことと関連させられている(ヨハ1:32)。
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