2009年4月29日水曜日

復活節第5主日(5月10日)

サムエル記下1:17〜27

 ダビデが、戦死したサウルとその息子ヨナタンを悼んで歌ったとされる、「弓」と題された詩。

 サウル戦死を巡る物語は、かなり「きな臭い」。
 サウル戦死の様子は、物語の描写(サムエル記上31章)と、ダビデの下にその様子を知らせに来た者の報告(サムエル記下1:5〜10)とでは、異なっている。サウル戦死を知らせた者は、同時に「王冠と腕輪」(10節)をもたらすが、それは、この者の思惑——ダビデにとってはこれは「吉報」であり、ダビデが王位に就く「好機」が訪れた——を表している。
 サウルはペリシテとの戦闘中に戦死したのだが、ペリシテの傭兵隊長となっていたダビデはこの戦闘に参加していなかったと物語は語るのだが(サムエル記上29章)、同時に、その戦闘中にアマレクを略奪し、その略奪品を「ユダの長老たち」に送っている(同30章)。
 こうして見てくると、ダビデは限りなく「クロ」に近い。サウルとその後継者たちの死によって、ダビデは王位に近くなるのだから。事実、この後、ダビデはユダの王となる(サムエル記下2:4)。
 このような「疑惑」を払拭するために、ダビデはサウルとヨナタンを悼んでいる「ポーズ」を見せる必要があった。それがこの「弓」の歌である。

 ダビデは、サウルとヨナタンを、戦闘に長け、イスラエルに略奪品をもたらした英雄としてたたえる。
 ヨナタンの「愛」(26節)を巡っては、さまざまな議論がされてきたが、決着が付くことはないだろう。その上で忘れていけないのは、ダビデがこの詩を単に哀悼の気持ちからだけ歌っているのではないことである。ヨナタンを「兄弟」と呼ぶのには、自分が王位に着くことの正統性の主張が込められている。確かに、サウルの娘ミカルを妻とした(彼女は、ダビデの逃亡後別の男性に嫁がされた)ダビデは、ヨナタンを「兄弟」と呼べるのだが、ヨナタンの深い愛情でさえ(それがどのようなものであったにせよ)、ダビデは自分のために利用しようとしているのだ。

 他の日課との関連は、この週も難しい。
1 福音書とは、「父」「子」という言葉で関連している。
2 福音書とは、死だけを述べるサムエル記と、「父の家」を語る点で対照的である。
3 使徒書の言う「兄弟を愛する」は、ヨナタンの「愛」、ないしダビデの追悼の気持ちと関連させられているか。

2009年4月19日日曜日

復活節第4主日(5月3日)

ネヘミヤ記2:1〜18

 ネヘミヤによるエルサレムの城壁再建の発端。

 ネヘミヤは、ペルシャ王の「献酌官」という高い地位を利用して、エルサレムへ赴き、城壁を再建する許可を得る。その際のネヘミヤの外交的手腕(2〜8節)や情報収集のための努力(11〜15節)は、この計画に対するネヘミヤの熱意を表している。
 そのような熱心な企てに対して賛成・反対の両方の反応があるのは、常のことである。「機嫌を損ねた」人々もあり(10、19節)、「良い企てに奮い立った」人々もあった(18節)。ネヘミヤ記はネヘミヤの立場に同情的に書かれているのだから、もちろん、賛成した者は「善」、反対した者は「悪」と描かれる。
 問題は、現代の読者が、それをそのまま受け入れるかどうかである。ペルシャ王に対しては外交的によく錬られた交渉をした人物が、彼が「敵」と見なした人々に対してこれほどまでに高圧的なのはなぜなのか。王の許可があるからという後ろ盾がそうさせたのか。そもそも、他国の支配者の権威に基づいてエルサレムの再建を果たすというのは、ヘブライ語聖書全体から見たときには、あまり歓迎されないことではないのか。ネヘミヤの物語を読むと、さまざまな疑問が湧いてくる。
 とりわけ、現代に生きる読者にとって大きな疑問は、「敵」と「味方」しか存在しないという認識の方法は正しいのか、というものである。ネヘミヤ記を貫くこの認識方法を疑ってしまうと、ネヘミヤ記、そしてヘブライ語聖書全体に関わる疑問を持つことになるのだが、「Aと非A」で物事を区別しようとする傾向のある私たちにとって、少なくとも警鐘を鳴らす役割はするだろう。

 他の日課との関連は、大変難しい。
 ネヘミヤは「来るべき者」であるが、それは、「真の来るべきメシア」(ヨハネ11:27)の予型なのか。
 ネヘミヤの「企てに奮い立った」ように、"霊"の賜物を受けている者たち(1コリ12:4)は、「全体の益」となるべく働くよう、勧められているのか。

2009年4月18日土曜日

復活節第3主日(4月26日)

列王記上17:(8〜16)17〜24

 エリヤの「奇跡」の記事2つ。
 前半は、サレプタに住むやもめの家の「壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった」(16節)ことが記される。後半は、そのサレプタのやもめの息子を、エリヤが生き返らせた記事。

 エリヤの物語全編は、エリヤの視点から書かれている。それを他の登場人物の視点、例えば、サレプタのやもめの視点から読み直した場合、別の物語として浮き上がる。
 ヤハウェの命でサレプタのやもめの家に身を寄せたエリヤ。もし、子どもを死なせたのがヤハウェならば、やもめの嘆き(18節)はもっともなものだと思う。これを受けて、エリヤもヤハウェに訴えかける(20節)。ヤハウェはエリヤの願いを聞き届けた(22節)が、それは、自らの責任を認めたためだろうか。
 理不尽な命令に従わされ、息子の命も奪われたやもめの必死の嘆きは、エリヤの感情を刺激し、ヤハウェの責任意識にも訴えかけたと読める。彼女の存在なくしては、エリヤが生きながらえることはできなかったし、この後、アハブ=イゼベルと対決することもなかったのだから、エリヤもヤハウェも、彼女の声には聞き従わざるを得なかったのだろう。

 使徒書として選ばれているコロサイの信徒への手紙3:1〜11と並置されると、サレプタのやもめの子どもが「蘇生」したことが「キリストと共に復活させられた」(1節)と解釈される。そして、そのことは、倫理的な勧めへとつながっていく(5〜9節)。