ダビデが、戦死したサウルとその息子ヨナタンを悼んで歌ったとされる、「弓」と題された詩。
サウル戦死を巡る物語は、かなり「きな臭い」。
サウル戦死の様子は、物語の描写(サムエル記上31章)と、ダビデの下にその様子を知らせに来た者の報告(サムエル記下1:5〜10)とでは、異なっている。サウル戦死を知らせた者は、同時に「王冠と腕輪」(10節)をもたらすが、それは、この者の思惑——ダビデにとってはこれは「吉報」であり、ダビデが王位に就く「好機」が訪れた——を表している。
サウルはペリシテとの戦闘中に戦死したのだが、ペリシテの傭兵隊長となっていたダビデはこの戦闘に参加していなかったと物語は語るのだが(サムエル記上29章)、同時に、その戦闘中にアマレクを略奪し、その略奪品を「ユダの長老たち」に送っている(同30章)。
こうして見てくると、ダビデは限りなく「クロ」に近い。サウルとその後継者たちの死によって、ダビデは王位に近くなるのだから。事実、この後、ダビデはユダの王となる(サムエル記下2:4)。
このような「疑惑」を払拭するために、ダビデはサウルとヨナタンを悼んでいる「ポーズ」を見せる必要があった。それがこの「弓」の歌である。
ダビデは、サウルとヨナタンを、戦闘に長け、イスラエルに略奪品をもたらした英雄としてたたえる。
ヨナタンの「愛」(26節)を巡っては、さまざまな議論がされてきたが、決着が付くことはないだろう。その上で忘れていけないのは、ダビデがこの詩を単に哀悼の気持ちからだけ歌っているのではないことである。ヨナタンを「兄弟」と呼ぶのには、自分が王位に着くことの正統性の主張が込められている。確かに、サウルの娘ミカルを妻とした(彼女は、ダビデの逃亡後別の男性に嫁がされた)ダビデは、ヨナタンを「兄弟」と呼べるのだが、ヨナタンの深い愛情でさえ(それがどのようなものであったにせよ)、ダビデは自分のために利用しようとしているのだ。
他の日課との関連は、この週も難しい。
1 福音書とは、「父」「子」という言葉で関連している。
2 福音書とは、死だけを述べるサムエル記と、「父の家」を語る点で対照的である。
3 使徒書の言う「兄弟を愛する」は、ヨナタンの「愛」、ないしダビデの追悼の気持ちと関連させられているか。