G・フォン・ラートが名付けて以来、「小祭儀信条」と呼ばれるようになった部分(5b〜10a節)。フォン・ラートによれば、部族連合の中心聖所での祭儀で朗唱され、これが豊潤化されてJの物語の根幹になったという。
ここでは、「土地取得伝承」というトーラーの物語が、簡単にまとめられている。そこには、エジプトでの苦難とそこからの脱出、約束の地への導き入れという物語の「発端」と「決着」は言及されている。しかし、カナンの地占有の根拠としての族長たちへの約束は、ごくごく簡単に触れられているだけである(5b節)。実際のトーラーだと出エジプト記16章から申命記全体にまたがる、荒れ野での放浪についての記事、つまり「旅」の真ん中の部分はな。さらには、現在のトーラーでは最も重要なシナイでの契約と律法についての記述が、全くない。
もちろん、聖書学では、「小祭儀信条」がより古い伝承を残しており、荒れ野やシナイの伝承は後になって挿入されたのだと説明している。
しかし、現在のトーラーの形態を考えると、興味深い疑問が湧いてくる。つまり、「体験」(エジプト脱出と約束の地の占有)と、その体験を基礎とするはずの「規律」(「十戒」から始まる、祭儀上、民法上、刑事上の規定)の間に、「無関係」という関係が成り立ってしまうのである。
「律法」は繰り返し、「私はヤハウェ、あなたをエジプトの地から導きだした者」と言い、それを、イスラエルが規定を守らなければならない根拠としている。ところが、エジプトを脱出し、約束の地を占有したことだけを語る「小祭儀信条」からは、そのような、「体験から導き出される規律」の存在はうかがえない。「律法」は、その根拠を失ってしまうのだ。
「律法」と同じ論法は、パウロも用いている(パウロが「律法」に精通していたことを思えば、当然か)。その際は、イエスの死と復活が「根拠」とされる。
ということは、次のように考えられる。これらの「律法」は、根拠となる物語と、「律法」が物語と不可分であるとする立場を受け入れる者にとってのみ有効なのだ。物語を受け入れない、あるいは、「律法」が物語と結びつかないと考えてしまうと、「律法」はその効力を失う。そして、「小祭儀信条」は、「律法」がそのような「受容」の上に効力を有するのだということを、(おそらくは)図らずも明らかにしてしまっているのだ。